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真夜中のデート


「こっちだ。シエラ」


ジュリアンに誘われて足を踏み入れたのは館の二階のバルコニーだった。いつだったか、エイミーと散歩をした時にジュリアンを見上げた、あの場所だ。


「今日は、星が綺麗に見える」

「本当です。すごく綺麗」


バルコニーにタイル一つ分の距離を開けて二人で並んだ。雲一つない夜空には幾千の星々がお喋りをするようい煌めいている。ジュリアンはバルコニーの手摺に右手をかけて気持ちよさそうに夜の風を浴びた。


「俺がここへ赴任して初めて良かったと思ったのは、ここから星を見た時だ」

「旦那様は星がお好きなんですか?」

「好きだ。母の影響でな」

「お母様ですか。ちょっと意外ですね」

「そうか?」

「はい。あの不死王様にこんなメルヘンチックな好みがあるなんて」

「似合わないのは知っているさ」

「そんなことないですよ、いいお母様ですね」

「……そう言ったのは、シエラが初めてだ」

「え?」

「流れ星だ」


ジュリアンが夜空を視線で示した。私もすぐに顔を上げたけれど、星の流れは見えなかった。

単に私の反応が遅かったのか、それとも話題を変えたかったのか。

ジュリアンの横顔からは何もわからなかった。


「殺伐とした戦場でも星だけは美しいんだ」

「戦場でも星を見るんですね」

「他に見るものもないからな。戦場ではもう無理だと思う夜も何度もあったが、星は変わらずに輝いていた。応援されているようで慰められた」

「不死王様でも追い詰められることなんてあるんですか?」

 驚いて傍らのジュリアンを見上げると、

「俺を何だと思ってるんだ」

 呆れたように笑われた。

「何って。そりゃあ、天下無敵の不死……王……あ」


私は言葉を最後まで言い切ることができなかった。

その言葉の持つ意味に、今ようやく気が付いたからだ。


戦慄が走った。


瞬間、ジュリアンの笑顔が夜空と混ざり、

「シエラ、どうした?」


私は自分でも気が付かないうちに涙を零していた。


「ごめんなさい、旦那様。私……ずっと気付かずに、ずっと気軽にその名前を……ああ、ごめんなさい」

「シエラ……」

「ごめんなさい、旦那様」 


どうして、今まで気付かなかったんだろう。


不死王。

とても生還が望めないような危険な任務を幾度となく成功させ、必ず生きて帰ってくる最強の武人。

そもそも、生還が望めないような危険な任務にどうして挑まなくてはならないのか。

そんな危険な任務がどうして幾度も与えられるのか。

ジュリアンが強いから? 違う。


ジュリアンなら死んでもいいと思われていたからだ。


妾の子だから。いなくなってもいい子だから。むしろ、いなくなった方がいい子だから。

ジュリアンは断れない。人質を握られているから。

ジュリアンは人質の命と引き換えに、ずっとずっと、不死王と呼ばれるくらい何度も何度も、捨て駒にされ続けて来たんだ。

他ならない父親であるクリスラン自身に。どうして、今まで気付かなかったんだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい……私、ごめんなさい」

「シエラが気に病むことじゃない。だから、泣くな」

「でも、私……」

 自分が許せなかった。私が不死王と呼ぶ度に、ジュリアンはどんな気持ちでいたのだろう。

「いいんだ。シエラを悲しませるために連れてきたんじゃない。もっと楽しくなれる話をしよう。そうだな、夏に見える星の話とか、夏にやってくる彗星の話とか……すまん、結局星の話ばっかりだな」

「ううん、聞きたいです。聞かせてください、旦那様の星の話」


眼球をかなぐり捨てる勢いで涙を拭った。

泣くな、馬鹿な女め。私が泣いていいはずがないだろう。涙も枯れるほど辛い目にあってきたジュリアンを慰める側にさせていいはずがないだろう。止まれ、馬鹿な涙め。体から力を奪う悪魔の水め。


「やあっ!」

「シエラ?」

 力一杯の平手打ちを頬に叩き込んだ。そうだ、気合を入れろ。死ぬ気で笑え。

「お待たせしました。星の話をお願いします!」

 ひりつく頬を無理矢理持ち上げて笑顔を向けると、

「――っ」

 ジュリアンがたまらずといったふうに吹き出した。

「旦那様?」

「こ、こっちを見るな、シエラ」

 

嘘、酷い。 


「違う、そういう意味じゃない。頬に……手形が……」

「手形……?」

ああ、平手打ちの。ついてしまってますか。どうりで痛いわけだ。悲しみの涙は引いたのに、また別種の涙が溢れそうだ。

「か、勘弁してくれ。俺がシエラを楽しませたいんだ。俺を笑わせないでくれ」


両手で顔を覆い、肩を震わせるジュリアン。

なんか、もう。すみません。なぜだろう、ここ最近真剣に何かをする度に誰かに笑われている気がする。

ようやく震えの収まったジュリアンは改めて私の顔を見つめると、


「小さな手だな」

「……え?」


私の頬の手形に掌を合わせた。大きくて骨張っていて、暖かい掌。


「俺も自分の頬を叩けば、シエラが笑ってくれるかな」

「だ、だめです、旦那様はそんなことをしては。いいから、星の話をしてください」

「わかった。そういえばもうすぐ流星群の季節だな」

「そうですね。『祈りの雨』の季節です」

「『祈りの雨』……イーロンデールではそう呼ぶのか」

「はい。豊作を願う祈年祭に降る流星だから祈りの雨です。ヴラオゴーネでは、また別の名前があるのですか?」

「ああ、まあ……そうだな。だいたいは別の名前で呼んでいる。ここで見れば流星群ももっと美しく見えるだろうな」

「そうですね、一緒に見れたらいいですね」

「え?」


驚いたようにジュリアンがこっちを振り向いた。その反応がいつになく大きく見えたから、


「あ、いや、違うんです。とても綺麗だろうから、一人で見るより誰かと見たいなって思っただけです」

 私もついつい驚いて意味の分からない誤魔化しを口にしてしまった。

「そうか」

 すると、ジュリアンはなぜか少し決まり悪そうな表情を浮かべると、

「晴れたら……」

「はい?」

「晴れたら……二人で見よう」

 いつになく弱弱しい声でそう言った。よっぽど空模様が気になるのか、しっかりと天を睨みながら。


「晴れたらいいですね」


私も揃って空を見上げる。

夜空の端に入り込んだジュリアンの横顔が少し赤く見えるのは、さっき散々笑ったからだろうか。

夜風がバルコニーを吹き抜けた。私の髪の毛がジュリアンの肩を擽る。

「風が強くなってきたな、もう戻ろう」

「はい」


そこから数分、私達はバルコニーから動かなかった。

 


次の日、いつになくすっきりとした気持ちで目が覚めた。

いつも通り元気なエイミーに見送られて、いつも以上に姿勢を正して部屋を出る。

さあ、今日で決めよう。今日こそアルカディアを説得する。昨晩の口振りからして、アルカディアは全力で私を落としに来るはずだ。となれば、当然朝食にも参加するだろう。

あの色男は、朝からどんな方法で迫ってくるつもりなのか。色気を振りまくのか、会話で押しに押してくるのか、それとも、あえて引いてくるのか、お金をちらつかせてくる可能性だってある。

それとも――。


「動かないで」


「……え」

後ろから腕を掴まれて、首元に刃を突き立てられた。

「ついてきて。声を出さないで」

 

これはさすがに想定外だった。 



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