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仲のよろしいご兄弟ですね


「アルっ!」


突然、ジュリアンの怒鳴り声が爆発した。立ち上がった拍子にティーテーブルが蹴倒され、派手な音を立ててカップが割れる。


「旦那様!」


振り向いて、ゾッとした。ジュリアンが既に抜刀していたからだ。

「ジュリアン様、落ち着いてください」

 足がすくむ私に代わってザックが止めにかかるが、ジュリアンはサーベルを離さない。凍りつくような殺気にあてられ誰もが息を止める中、


「何本気になってんの、こんな女のために」


 アルカディアだけが平然と足を組んで座っている。その様が不死王の怒りに油を注いだ。

「アル、お前はいったい何がしたいんだ」

「何がしたいって? ……まあ、いいや。気が進まないけど一応仕事だからね」

 唐突に、アルカディアの黒い瞳から光が消えた。

「じゃあ、聞かせてもおうか。ここ一週間でナディーン姉さんに何度も手紙を送っていたよね。あまつさえ、極秘でどこかに出かけていた。馬車が向かったのは西の方面、行きも帰りもハルロップで一泊している。でも、ヴラオゴーネには入っていないね。中立地帯で姉さんに会ってたの? いったい何を企んでいるんだよ」

 

今度はアルカディアにゾッとした。


ここ一週間の動向が詳細過ぎるほど掴まれている。情報が漏れないよう最小の人数で動いていたはずなのに。領官邸の誰にも外出の目的を明かしていなかったのに。

アルカディアの薄笑みに凄みが乗った。剣を抜いていないはずなのに抜いたジュリアンと同等の圧力が噴出する。『ろくでなしの女ったらしの甘ったれの役立たず』、ジュリアンはそう断じていたが認識を改める必要がありそうだ。


ジュリアンはそんな弟を平然と見下ろし言い捨てる。

「なるほど。急にやって来て何かと思えば、親父のお使いというわけか」

「任務と言っていただきましょう。ヴラオゴーネ憲兵隊総隊長として申し上げます、クリスラン公爵閣下は貴殿の行動に著しい不信感を抱かれている。私は公爵閣下から正式に査問の命令を受けて聞き取り調査に参りました……協力してもらうよ、兄さん」

ヴラオゴーネ家の押印が下された命令書をひらひらと揺らして見せるアルカディア、ジュリアンはそれを視線で燃やせるならそうしたいとばかり睨み付けた。

「何を勘違いしている。俺はイーロンデール家に婿入りした身だ。ヴラオゴーネ家の命令書はなんの意味も持たない」

「その言葉、そのまま父上に報告してもいいんだね」


 二つの視線がぶつかって空中に火花を散らした。


最悪だ。結局こうなってしまうのか。もう説得どころの話じゃない。ヴラオゴーネ家は仲が悪過ぎる。

「待ってください、二人とも」

このままでは切り合いに発展しかねない。決死の思いで火花の中に割って入るが、

「金目当ての義姉さんは黙ってなよ」

 最初に私がバッサリいかれた。


「……アル、これが最後だ。妻の侮辱はやめろ」

「だから。そういうの、つまんねーから」

 また一段階ジュリアンの殺気が高まった。そんな兄の怒りを見てアルカディアもすっと目を細める。よく見れば、その手が腰の剣に伸びている。もう、だめだ。


「旦那様!」


なりふり構わずジュリアンの腕に縋り付いた。

「離せ、シエラ」

「だめです!」

そして、耳元に唇を寄せる。

「落ち着いてください。アルカディア様がクリスラン閣下のご命令でここに来ている以上、逆らえば……人質が」

 最後の言葉は口には出さずに目で訴えた。受け取ったジュリアンは、一瞬炭でも飲み込んだかのように顔を歪めると、

「くそ」

 憤懣を奥歯で噛み潰して剣を収めた。


 よかった。私の言葉は聞いてくれなくても、人質の存在を匂わせればきっと引いてくれると思っていた。ジュリアンにとって人質の誰かは、何よりも大切な存在だから。仮初の妻よりも、離婚を請け負っただけのパートナーよりも。

始めからわかっていたことだから私は何も傷つかない。胸の奥が痛いのは、抜身の刃を見たからだ。お腹の下がざわつくのは、濃い殺気を浴びたから。涙がこみ上げそうなのは……わからないけど、きっと気のせいだ。


「あれ、もう終わりなの? つまんなー」


 対するアルカディアは興醒めな様子で唇を尖らせた。気のせいでなければ、非難がましい視線は私を捉えているようにも見える。

「……ふざけんなよ。本当にごっこじゃないってのかよ」


 今、何と言った? 聞き返そうとしたけれど、


「あーあ、なんか冷めちゃったぁ。今日はもう部屋で休ませてもらうね」

 アルカディアはさっさと背を向けて応接室から出て行った。

「うわ、最悪。服にお茶が飛んでるし。イリーナ、着替え手伝ってよ」

 去り際にお気に入りのメイドをピックアップするのを忘れずに。いったい誰が主人なのやら。返す返すもこんな憲兵は見たことがない。


「すまない、シエラ。俺も部屋で頭を冷やしてくる」

 そして、真の主も頭を振りながら部屋を出る。すぐにザックが付き従った。応接室に残されたのは青い顔で壁際に並ぶメイド達――。


「えっと、とりあえず床を片付けましょうか」

 私はそんな彼女達に笑みを向け、無残にもひっくり返ったウェザリントンのティーテーブルを引き起こしにかかった。傷がついていないといいけれど。


こうして、アルカディア説得の第一幕は大失敗のまま閉幕となるのだった。


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