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その報せは聞いてません


そして、それを待っていたかのようにノックもなしに執務室の扉が開かれた。


「ほら見て、お義母(かあ)様。やっぱりお姉様よ」

「本当ね」

入ってきたのは花束のように着飾った二人の婦人。


「言ったでしょ、この家であんなはしたない大声を出す女性はお姉様くらいしかいませんもの」

血の繋がらない義理の妹リディア・イーロンデールは、私の姿を見つけるなり意地悪く目を細めた。扇で隠した口元が、嘲る形に歪んでいるのが透けて見えるかのようだ。


「まったく、お里が知れるわ。帰ってきたのなら挨拶くらいなさいな、シエラ。その歳でまだ礼儀作法が身につかないの?」

一方の義理の母ポリーナ・イーロンデールは蔑みを隠そうともしない視線で私を射抜く。

「お義母様……今は公爵次官としてイーロンデール公爵に大事なお話があります。お話は後にしていただけないでしょうか」

「まあ、自分の非礼を差し置いて口答え? 呆れても物も言えないわ。そんなだからその歳までお嫁の貰い手がなかったのよ」

「ですが」

「お黙りなさい!」

 お義母様が切り捨てるように扇を振るった。指輪の煌めきが糸を引き、高級な香水の香りがふわりと漂う。

 ……ああ、美人だな。

場違いにもそう思わされた。

今日もお義母様はまるでダンスフロアにいるかのように煌びやかだ。リディアもそう。地味な執務服の私とは比べようもない。


社交界の揚羽蝶と称されたお義母様がこの家にやってきたのは五年前。実母が病没した翌日に、待ち構えていたようにイーロンデール家に舞い降りた。噂に違わぬ美貌の持ち主である新しい母はしかし、美への投資も桁違いだった。お義母様もリディアも同じドレスに二度と袖を通すことがない。市場で野菜でも買うかのように高級ジュエリーショップの棚をさらい、蛸でも持て余すほどの靴を求める。ただでさえ貧弱だったイーロンデール家の金庫は、再婚を期に急速に痩せ細っていった。

もちろん、家の財政については事あるごとに訴えてはいるけれど、


「見て、お母様! ここの窓から見るお庭、なんて美しいの」

「まあ、素敵。イーロンデール公爵家に相応しい見事なお庭が完成しましたね」

「おお、そうだろうとも。そうだろうとも」


 ……二人ともお父様の扱いが本当に上手い。


「ねえ、お父様。せっかくこんな素敵なお庭が出来たのだから盛大にガーデンパーティーを開きましょうよ」

「それはいい考えね、リディア。ちょうどお祝い事もあることだし。イブニングドレスを新調してもいいかしら、旦那様?」

「もちろんだとも。さっそく仕立て屋を呼びつけよう」

「お待ちください、お父様。まだお話は終わっていません」

「なんだ、シエラ。まだいたのか」

 それが一か月ぶりに会う娘にかける言葉ですか。今日は私の誕生日なのに。そのことに気付いている人間がこの屋敷に一人でもいるだろうか。


「いいから部屋で休めと言っただろうに」

「ですから、それは無理なのです」

「なぜだ」

「私のお部屋がないからです!」


 部屋に戻って卒倒しそうになった。一か月ぶりに帰った懐かしの自室は、まるで空き巣の行列でも通り過ぎたかのように見事に空っぽになっていた。

大通りで私と同じ家具が次から次に流れてきた時は、随分と趣味の似た方がいるんだなと思ったけれど。なんのことはない、全部私の私物だった。


「いったいあれはどういうことなんですか。私の年代物の家具を売らねばならないほど我が家の財政はひっ迫していないはずです」

「売ってはいない。引っ越しの準備をしてやっているだけだ」

「引っ越し……?」

「当面は不便するだろうが少しのことだ。客間ででも寝るがいい」

「引っ越しって、誰の引っ越しですか?」

「お前に決まっているだろう」

 決まってたんですか? 嘘でしょう? 私が知らないのに?

「なんだ、呆けた顔をして。お前まさか婿だけ一人で暮らさせる気なのか」

「……婿?」


 ゾクリと悪い予感が込み上げてきた。なんだろう、話が全く見えてこない。急速に現実が遠ざかっていくような感覚に襲われる。

「ねえ、お父様。もしかしてお姉様ってご存知ないんじゃないですの?」

「んん? そうだったかな、ポリーナ」

「さあ、私はてっきり旦那様が伝えたとばかり……」


 待って、なんの話をしているのですか。明らかに私の話をしているのに私だけが置いて行かれている。悪い予感が止まらない。汗がぶわりと噴き出してきた。

「まあいい、知らないのなら教えてやろう」

 お父様は出来の悪い生徒と相対する教師のように大仰に腕を組むと、

「シエラ、お前の縁談が決まった。早々に家を出ろ」


 物のついでのようにそう言った。


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