ようやく、ちゃんとピクニック
「で、話とはなんだ」
ようやく服を着替えることができたナディーンは、河原に敷かせた動物毛の絨毯に悠々と体を横たえた。空高く上ったお日様の光はポカポカと暖かく、風も心地いい。ようやく私の知るピクニックが始まった思いだ。
「父上についてです」
ジュリアンはナディーンの正面に腰を下ろして答える。
「姉上は、父上のお考えをご存知ですか」
「お前は何を知っている?」
馬の心臓の串揚げを齧りながらナディーンは逆に問い返した。なるほど、あの心臓シリーズは女帝の趣味か。ことごとく好みの合わない姉弟だ。
「父上は、王家に二心を抱いております」
「だろうな」
「ご存じでしたか」
「自分だけが賢いと思うな、バカ弟が。父上の中央嫌いは生来のものだ。ジュリアンを引き抜かれた時点で覚悟が決まったのかもしれん。それで? わざわざ会いに来たんだ、証拠は掴んでいるのだろうな」
「そんなものを残すような父ではないことは、姉上もご存じかと思いますが」
「帰れ」
ナディーンは食べ終えた串を川に投げ込んだ。
「姉上」
「かーえーれー」
二本目の串を今度はジュリアンに向かって投げつけるナディーン。
「我々姉弟が公用でもなく会うことでどんな噂が立つと思う。証拠もないならリスクを冒す意味もない、すぐに帰れ」
「父上があれほど執着して切り取らせた隣国の土地がどんどん奪回されています。私が前線を退いたとはいえ簡単過ぎる。父上は隣国と手を結ぼうとしているのかもしれません」
隣国の話は初耳だった。容易ならざる推測を漏らすジュリアンだが、
「なんだぁ? 武勇自慢か。お前のそういうところが気に入らんのだ」
ナディーンは別の部分が気に障ったらしい。
「……別に自慢する気などありません。私が隣国を切り取れたのは私が強かったからではなく、敵の守備が脆かっただけです」
「貴様、前任者の私が弱かったと言いたいのか」
「りょ、領民のことをお考えください、お姉様!」
このままでは第二戦が始まってしまう。燃え始めた炎をかき消すように私は声を上げた。
「万が一、クリスラン閣下が反乱を実行してしまえば迷惑を被るのはヴラオゴーネの領民達です。ここは一つ、ヴラオゴーネの民達のことを第一に考え、姉弟で結託してヴラオゴーネ家に二心なしの心意気を示されるべきではないでしょうか」
「……二心なしの心か」
三本目の串をくるくると弄びながらナディーンは自身に問うように呟く。
「戦争は一人ではできません。姉弟三人で二心なき意思を強く世に示せば、一人残されたクリスラン閣下は大きな動きを取れなくなるはずです。証拠などなくても姉弟が力を合わせれば閣下の反乱を止められるんです。我々イーロンデール家も少なからず力添えを約束いたします。だから、お願いです。その、えっと……旦那様と仲良くしてください!」
いくら弁をつくしたところで最後は結局お願いするしかない。いつかのケビン兄様を見習って、私は絨毯に両手を付き誠心誠意頭を下げた。
「私からもお願いします。姉上、手を貸してください」
そんな私につられるようにジュリアンも深々と頭を下げる。どれだけ身を低くしてみても、寝転んでいるナディーンより頭を下げられないのがもどかしい。ナディーンはそんなジュリアンを驚きの目で見上げた。
「お前、誰だ。散々見下してきた私に頭を下げるなんて。小娘に何をされたらそうなるんだ」
「私は姉上を見下したことなどありません」
「ついさっき弱いと言ったが」
「隣国の守備が脆かったのは姉上が散々叩いてくれたおかげ、そう申し上げたかったのです」
「ふん、必死に取り繕いおって。必死といえばお前もそうだぞ、小娘」
「私ですか?」
ナディーンの弄ぶ串先が不意に私に向けられた。
「イーロンデールのお前がなぜ、そこまで必死にヴラオゴーネの反乱を抑えようとする」
「なんのためって……ですから、民のために」
「だから、お前はイーロンデールの人間だろう」
「民に区別はありません。民は領主によって守られるべき存在です」
「だーかーらー、お前はイーロンデールの領主だろうが」
ああ、だめだ。この方は領界意識が強すぎる。もっと別の言葉じゃないと。
考えろ。私がここまで頑張る理由。ナディーンの心に響く言葉で。
「小娘、わかるように言え。お前はなぜ命をかけてまで私とジュリアンを繋ごうとする」
「そ、それは――」
瞬間、ジュリアンと目が合った。
そして、気付いた。そうだ、そうだった。私は深く息を吸い込んで、
「旦那様と離婚するためです!」
力いっぱい根本の理由を叫ぶのだった。
「はあ?」
「……シエラ」
女帝と不死王。趣味趣向の全く違う姉弟は、全く同じように眉を顰めて視線を交わすと、
「――わかる。こいつムカつくよなあ」
直後に、ナディーンの笑い声が河原に爆発した。
どうして? 何がそんなにおかしいのですか。
「ま、待ってください、お姉様。違うんです、離婚は事業費を頂くためでして――」
「わかったわかった、全部わかった! 何も言うな。ああ、腹痛い。いいじゃないか。離婚してやれ、こんな男。いくらでも手伝うぞ!」
「わかってらっしゃらないじゃないですか。そうじゃなくて、聞いてください、お姉様」
人の気も知らずナディーンは河原の葦を全て刈り取る勢いで笑い転げる。
……まあいいか。不本意だけど目的は達成できそうだから。
アジジ商会の教え、その五――『笑わせれば勝ち』
この場合は私の大勝利ということでいいのだろうか。
「バーカ、振られてやんのー」
愉快そうに指を差して笑うナディーンと対称的にジュリアンはこの上ないほど表情を曇らせている。姉に笑われるのがよっぽど不愉快なのだろう。
つくづく仲の悪い姉弟だ。




