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戦いの後で

「おい、ふざけんな!」 

「あんなんありか、反則だろう!」


 当たり前だけど、揺れの収まった甲板では不満の声が渦巻いていた。

 反則か、ルールなんてどこにも書いてはいないけれど……まあ反則ですよね、あれは。


 しかし。


「……やるじゃないか、小娘」

 極寒の川から上がってきた女帝の目は、まるで憑き物が落ちたように凪いでいた。

「お前の勝ちだ。宣言通り茶でもなんでも付き合ってやるからついて来い」

「お待ちください、ナディーン様」

 振り返ろうとした女帝をとどめたのは、芯の通った男の声。ナディーンの護衛だろうか、明らかに素人の体つきではなかった。

「あのような決着は納得がいきません」

「私が負けたと言ってる。なぜ、お前の納得が必要だ」

「……ナディーン様は負けておりません。私めが代理で再試合を」

 そう言って男は自ら木剣を握った。

「そっちが代理でくるならこっちも代理だな」

 私が答える前に受けて立ったのはジュリアンだ。すでに舞台に上がっている。

 ナディーンは滴をぽたぽたと振りまきながら二人の男を見回すと、

「勝手にしろ」

 そう吐き捨てて歩き出した。背中で、私について来いと言いながら。 


「すまなかったな、小娘。口が過ぎた」

 部下の用意した椅子に濡れた服のまま腰を下ろすと、ナディーンはあっさり謝罪の言葉を口にした。

「とんでもないことです。私も言い過ぎました。申し訳ございません」 

 椅子は一つしか用意されていないので、自然、私は隣に付き従う形になる。

「とにかく、見事な勝利だった。生贄令嬢」

「私の力ではありません。ザックと旦那様と、手加減をしてくださったお姉様のお蔭です」

「……ふん」

 滴で艶めく薔薇色の唇を歪ませて、女帝は視線を宙に逃がした。

「お姉様が最初から本気であれば私は一撃で死んでいたのだと思います。それに、お姉様は私の身を気遣って何度も穏便に試合を終わらせてようとしてくださいました」

 一度目は泣いて許しを乞えば許すと言い、二度目は負けを認めれば見逃すと言い、三度目に至ってはただステージから降りるだけでいいとまで譲歩してくれた。


「お前の身を気遣ったわけではないわ」

 そう言って、ナディーンは濡れてキラキラと光る髪の毛をかき上げる。

「後ろで不死王にあれだけ脅されれば闘志も萎えるというものだ」

「旦那様が、ですか?」

「気付いていなかったのか、あの殺気に。あいつめ、私がほんの少しでもお前を傷つければ、私だけじゃなくこの船の上の人間皆殺しにするつもりでいたぞ」

「皆殺しって……」

 全然気付かなかった。ジュリアンがそんな援助を。


「このピクニックは一応周辺地域の町興しも兼ねている。問題を起こして中止にさせるわけにはいかん。まったく、生来の女嫌いが随分と変わったもんだ。小娘、あの朴念仁をどんな寝技で落とした?」

「ね、寝技!?」

「教えろ、私も使いたい」

「か、勘違いです。旦那様は私を愛してなどいませんから」

「はあ?」

 ナディーンは唇と眉毛を表情筋の限界まで歪めて私を見上げた。こんな表情ですら心を鷲掴みにされほど美しいのだから神様は不公平だ。

「お前も朴念仁か。似た者夫婦だな」

 言い捨ててナディーンはステージに目を戻した。代理を買って出た二人の男はステージの真ん中で睨み合い、今か今かと開始の合図を待っている。

「ジュリアンが女のために戦っていると聞いたら、あの女はどんな顔をすることか」

「あの女……?」

「どうでもいいからさっさと始めろ! 寒くてかなわんわ」

 どうやら相当痩せ我慢をしていたらしい、ぶるりと体を震わせるナディーン。


女帝の望み通りジュリアンは最短で試合を終わらせて、ブルフロックの川は本日何度目かの水柱を上げた。



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