お気をつけください、お義姉さま
ナディーンの木剣が“私の”一撃をすんでのところで受け止めていた。
「……小娘、怖がっていたのはフリだけか」
「一応、場数だけは踏んでいますので」
「では、容赦はせんぞ」
私の剣を振り払い、一撃二撃と打ち込みをかけるナディーン。奇跡的それらを受け止め、ずるずると後退する。
「シエラ、気を付けろ」
ジュリアンの声が耳に届いた。すごいな、旦那様の声は。どれだけの雑音に紛れていても、すぐそばにいるように聞こえてくる。
「後がないぞ!」
あ、違った。本当にすぐ後ろにいるだけだった。
なんてことだ。たった二撃受け止めただけで、私は舞台の端の端まで追い詰められていた。
「ボーっとするなよ、小娘」
「あうっ」
そして、三撃目で武器を弾き飛ばされる。木剣がステージを滑って川面に落ちた。勝利を確信したナディーンが悠々と木剣の先を突き付ける。
「そこまでだ。負けを認めろ、小娘。素人女の血など流れても場がしらけるだけよ」
そう言われて引けるわけがないだろう。
「まだです!」
「もういい!」
突っ込もうとした腕をジュリアンに掴まれた。
「決着はついた。もうやめろ」
「まだ、ついてません! 離してください」
「だめだ!」
「離して!」
「だめだ!」
「離して!」
「見苦しい! 痴話喧嘩なら余所でしろ」
まるで時間稼ぎでもするかのような夫婦のやり取りにナディーンが声を荒らげる。
そして。
「さあ、諦めてステージを降りろ。そうすれば命だけは――ん?」
そこで、にわかに女帝の顔色が変わった。
「ジュリアン……お前の護衛はどこにいった」
さすがに目ざとい。もう気付いたか。
その瞬間、船尾で大きな爆発音が上がった。
ザック、うまくやってくれたようだ。さすがは不死王が信頼する右腕。全員の視線がステージに注がれる間を縫って見事に作戦を実行してくれた。
ザックが誰にも気付かれずに掠め取ったのは、最前から何度打ち上げられていた花火玉。すぐさま導火線に火をつけて船尾の川面に投入された。直後に発生した爆発は水柱と共に大波を作り出す。
「な、なんだ!」
バランスを崩したナディーンが舞台に膝をつく。直後、船尾が持ち上げられ、船は軋みをあげて大きく前方に傾いた。
「追い波です、お姉様」
その昔、漁師組合に不義理を働いた父の詫びで一か月ほど漁船に乗せられたことがあるから知っている。船を追いかける形で後ろから襲いかかる波は、船のコントロールを奪う最も危険な波なのだ。
「うおぉぉ」
こらえ切れずナディーンが滑り台のように傾いたステージを転がり落ちていった。一方の私は、
「旦那様!」
「手を放すな」
ジュリアンにしっかと腕を握られているので踏み留まれる。ナディーンはそのまま船首まで転がって行き、
「くそう!」
それでもなんとか床にへばりついてギリギリでステージからの落下を免れた。
ただ、それだけでは十分ではない。前方に傾いた船は波の動きに乗る形で今度は大きく船首を持ち上げることになるのだ。まるで、床にへばりつく哀れな女帝を宙高く放り投げるかのように。
「小娘ぇぇ!」
ナディーンの美しい顔が驚きと憎しみと恐怖に歪む。
「お姉様、春先の川は冷たいです――御覚悟を」
私の言葉に送られて、女帝は雪解け水を湛えたブルフロック川に特大の水柱を作り上げるのだった。




