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ナディーン・ヴラオゴーネ


「これはまさか、剣闘場ですか?」


「そのようだな」

ステージの脇には看板が立てられており太い文字で黒々と、

『勝テバ恩賞望ムママ』

そう書き付けられていた。


「……旦那様、これが本当にピクニックなのですか?」

「だから聞くなと言っただろう」

「すみません……それにしても、悪趣味ですね」

 一つの本音をおし込めると、また別の本音が漏れ出てきた。

 本当に悪趣味だ。呆れる思いで熱狂する観客達を見回してみる。このどこかにナディーンがいるのだろう。一緒になって声を上げているのか、はたまた酒でも煽っているのか。こんなものを見て飲む酒がどれほど上手いというのだろう。ステージの戦士達は最低限の防具は身に着けてはいるものの、下手をすれば命に関わるのは明白だ。


 ――カンっ。


 と、甲高い音が耳をつき、歓声が一層高まった。

振り返ると、小柄な戦士の横なぎの一撃が長身の戦士の木剣を高く弾き飛ばしていた。剣はくるくると回転し、川面を打って水飛沫を上げる。勝機を逃さず小柄な戦士が追い打ちをかけた。武器を失った長身の戦士はなす術もなく、

「――っ」

 打たれない。打たれず、なんと素手で木剣をひっ捕まえて受け止めている。

歓声が高まった。後押しされるように長身の戦士はそのまま相手に組み付いて、力任せに投げ飛ばした。小柄な戦士は先程の木剣のようにくるくると回転しながら宙を舞い、川面に落ちて特大の水飛沫を上げるのだった。

「場外、それまでー」

 審判役と思しき女性が高らかに宣言した。歓声が最大限に高まる。どうやら決着したらしい。このままナディーンが表れて恩賞授与の流れになるのだろうか、そう思って周りを見回していると、再び審判役の女性が声を上げる。


「勝者、ナディーン!」


 今、何て言った?

「いいぞー、姉御!」

「ナディーン様、かっこいいー!」

 観客の声に応えるように長身の戦士が面を外した。


ああ、ジュリアンお姉さんだ。見た瞬間にそう確信した。


エキゾチックな切れ長の目、虹のようなカーブを描く長い睫毛、神様が直接ノミで削り出したような高い鼻、薄い唇――とどのつまりは、人とも思えないような美しい容貌がジュリアンにそっくりだ。

違うのは風に棚引く長い髪と瞳の色、それらは父親のクリスランに似て黒く艶めいていた。化粧っ気もないし、ドレスで着飾ってもいない。それでも、ジュリアンの姉ナディーン・ヴラオゴーネは呆れるほど美しい女性だった。


「相変わらずでたらめな剣筋の女だな」

 ジュリアンが私とは違う視点で呆れているようだ。

「だ、旦那様。あれってお姉様ですよね? 何をなさっているのですか」

「本人は剣の稽古のつもりだろう」

「なぜ、ご令嬢に剣の稽古が」

「ご令嬢か。そう言われることをアレは一番嫌うんだ。昔からそうだ。だから、淑女教育などそっちのけで剣を取る。戦場にも何度も出ているし立てた武功も多い」

「もしかして、共闘されたことも?」

「ない。俺が戦場に立つようになってからナディーンは入れ替えで前線から戻された」

そこは女性ということか。無理からぬことだと納得しかかったけれど、

「アレは誰の命令も聞かないんだ。そんな奴、いくら強くても戦場に置いておけんだろう。なのに、俺の讒言で退かされたと誤解してやたらつっかかってくるようになった」

 ああ、そういう。女帝ってそういうことか。


「野郎共! 次に、この私に挑む命知らずは誰だ!」

 ステージの上から観客を煽るナディーン、ああやって剣を振るうのは無理矢理前線から離された憂さ晴らしなのだろうか。

「本当に……これのどこがピクニックなんですか」

 あ、しまった。ついついまた禁じられた質問を口にしてしまった。窘められるかと振り向けば、隣にいたはずのジュリアンの姿がない。

 え、なぜ? やめてください。こんな所に置いて行かないで。涙目になりながら夫の姿を求めると、

「久しぶりですな、姉上」

 見つけた。ステージの上だ。いつの間に移動したんだろう、ジュリアンは指名もないままステージに上がっていた。


「ジュリアン……貴様、なぜこんなところにいる」

 すっかり静まり返った中、私の疑問を代弁するようにナディーンが言った。

「なぜ、じゃないでしょう。手紙で面会のお伺いを立てたはずです」

「返事など出した覚えはない」

「沈黙は肯定だとするのが習わしです」

「そんなもん知らん」

 ナディーンも知らないのか。てっきりヴラオゴーネの風習だと思ってたのに。

「とにかく、お話をさせてください。姉上」

「断る、帰れ。お前と話すことなどなにもない。腹が立つだけだ」

「ヴラオゴーネの将来にまつわる重要な話です」

「嫌だ、帰れ」

「お願いします、姉上」

「殺すぞ、帰れ」

 無茶苦茶嫌われてますね、旦那様。いったい、過去に何をやらかせばここまで関係が拗れるんだろう。私とリディアでもこれほどではないはずだけど。

「どうあっても話をしていただけないというのですか」

「そう言ってるだろう、帰れ」

「では、剣をお取りください。私が次の挑戦者です」

 そう言うと、ジュリアンは木剣を拾い上げ、

『勝テバ恩賞望ムママ』

舞台の横に掲げられた立て看板を切っ先で示した。

「あなたに勝って、恩賞でお話しする時間をいただきましょう」


「お前、私とやる気なのか」

 威嚇するように、ナディーンの目が爛々と光った。元よりジュリアンに引く気はない。女帝と不死王、二人が舞台中央で向かい合う。背丈はほぼ一緒だろうか、間にバチッ火花が散るのが見えた。観客達が息を飲み、ナディーンが笑みを浮かべると、

「断る、帰れ」

 女帝はまた同じ言葉を繰り返して背を向けた。

「姉上」

「気安く姉と呼ぶな、汚らわしい。なぜ私が妾の子と剣を交えねばならん。剣が汚れるわ」

「しかし」

「帰れと言っている。それとも妾の子は人の言葉もわからんか?」 

「そうだ! 帰れ、不死王!」

「帰れ帰れー!」

 ナディーンの言葉に応じるように観客達も声を上げる。そんな口汚い罵声に交じって、


「お待ちください!」


 甲高い声が甲板に響いた。野太い野次ばかり聞いてきた観客達の耳に、その声は異質に響いたようだ。誰もが一瞬にして黙り込む。

「お待ちください、ナディーン様」

 それは私の声だった。ジュリアンの後を追って私も舞台に上る。

「シエラ、下がれ」

「奥様、お下がりください」

 ジュリアンとザックから同時に制止の声が飛ぶが、無視して私は女帝の前に割って入った。

「今度はなんだ。どこから湧いてきた」

「お初にお目にかかります、ナディーン様。シエラ・イーロンデールと申します。ジュリアン様の妻です」

「妻? お前結婚したのか?」

 ナディーンが目を丸くして弟に問う。

「はい、少し前に。シエラ、ここはいいから下がれ」

「いいえ、そうは参りません。夫の無礼は妻の無礼です。ナディーン様、夫が大変失礼をいたしました。代わってお詫び申し上げます」

 そう言って私は丁重に詫びの姿勢を示した。

「なんだ、嫁の方が礼儀を弁えているではないか。可愛いやつめ、妾の子の嫁にするにはもったいないわ」

 満足そうに笑うナディーン、弟と違って感情を隠そうともせず顔いっぱいで笑みを表現してみせる。私はそんな義姉を見上げて言葉を続けた。 


「ありがとうございます。では、夫に代わって私があなたに挑戦いたします」


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