お義姉様のピクニック
「さあ、いらっしゃいいらしゃい! 串肉はどうだい、串肉だよ」
「さあ、いらっしゃいいらしゃい! 新鮮なフルーツ食べていってよ、フルーツだよ」
「さあ、いらっしゃいいらしゃい! そこの姉さん、籤はどうだい。当てていってよ」
馬車を出て河原に降りると、祭囃子はさらに大きくなり歓声に交じって物売りの声も聞こえるようになった。
「あの、旦那様。これって本当に……」
「ピクニックだ。気持ちはわかるがもう聞くな」
「か、かしこまりました」
そう答えたものの、気を抜けばまたすぐ同じことを聞いてしまいそうになる。それほど川の上は熱気と活気に溢れていた。
「ナディーンの居場所は多分あそこだろう」
ジュリアンが示したのは川の真ん中で一際大きな船体を揺らせている、一際派手な船だった。なるほど、ヴラオゴーネの旗も上がっているし、あれで間違いないだろう。
「どうした、シエラ。行くぞ」
「は、はい。すみません」
気が付くと数歩先でジュリアンとザックが手招きしていた。呆気に取られて歩くのを忘れていたらしい。
いけないいけない。ここからは私の仕事だというのに。
ナディーンを説得して味方に引き込む。見た限りナディーンはお祭り好きの楽しいこと好き、そんな彼女が好き好んで反乱なんて起こしたがるわけがない。何より女同士だし分かり合えるはず。
「行きましょう、小舟を通過していけばいいんですよね」
きっとうまくいく、私は隆々たる気合を込めて二人を追い抜かし、
「待て、シエラ」
すぐに手を引かれて止められた。
「な、なんですか、旦那様」
「迂闊に船に乗るんじゃない。ナディーンのピクニックでは、通過した船の商品は必ず買わねばならん」
「そ、そんなルールがあったのですか」
危なかった。ちなみに私が足をかけた屋台船は、
「いらっしゃいいらっしゃい! 世にも珍しい川蜥蜴の心臓の串揚げだよー」
本当に危なかった。なんて物を串に刺して揚げてるの。
「おっと。ダメダメ、お嬢ちゃん。ちょっとでも船に足をかけたら買ってもらうのがナディーン様のピクニックだ。はい、毎度あり」
嘘でしょう。手渡された串を握り締め泣きそうな顔でジュリアンを振りかえると、
「仕方がないな。いるか? ザック」
「……喜んで」
ごめんなさい、ザック。次からは気を付けます。じゃあ、横の屋台船はどうだろう。
「いらっしゃいいらっしゃい! カラスの心臓の串揚げだよー」
その横は?
「いらっしゃいいらっしゃい! 牛の心臓の串揚げだよー」
その横は?
「いらっしゃいいらっしゃい! ウシガエルの心臓の串揚げだよー」
「旦那様、もう一生渡れません」
この人達、心臓ばっかり揚げようとするんです。
「心配するな。穏便な船を選んでやるさ」
「あ、あと、旦那様。もう一つお願いが……」
「どうした、シエラ」
「あっ……いえ、もう大丈夫です」
「なんだ、お願いはどうした」
「えっと、もう叶いましたから」
「……そうなのか」
ジュリアンは怪訝そうに一瞬眉を顰めたけれど、すぐに気を取り直して安全な屋台船の選定に移った。
「あれは危険だな。あれも危険、あれも避けたほうがいいだろう」
真剣な眼差しで川面を睨み付けるジュリアン、顎を擦るその指がついさっきまで私の左手を握っていたことなんて、きっと気に留めていないのだろう。左手に残る感触は、私の手よりもずっと大きくてドキリとした。
「よし、行くぞ。シエラ、ザック」
しばし黙考する時間を挟んで不死王ジュリアンが選んだ船は、
「はい、いらっしゃい! フルーツの砂糖漬けだよ」
「はい、いらっしゃい! 細工飴をお買い上げだね」
「はい、いらっしゃい! パンケーキ一つ、毎度あり」
「はい、いらっしゃい! 無花果のカスタードパイ、ありがとう」
見事に甘いお菓子を売る屋台ばかりだった。
「うわ、この無花果のパイ物凄くおいしいです。旦那様も甘い物がお好きなんですか?」
「……好きじゃない。ただゲテモノを避けただけだ」
そう言ってジュリアンは砂糖漬けのフルーツに歯を立てる。よりによって一番甘そうな物を。ゲテモノを避けただけなのなら、無理に食べる必要もない気がするが……もしかすると、似たもの夫婦の六つ目の共通点が見つかったのかもしれない。
そんなことを思いながらパイを齧る。ねっとりとした果肉から染み出すシロップは、一口目よりちょっとだけ甘い気がした。
「足元に気を付けろ」
ジュリアンとザックに導かれてようやく目当ての船の甲板に爪先をかけると、
「ぶっ殺せぇ!」
突然、剣呑な言葉が耳に飛び込んできて思わず足が引っ込んだ。
「いけいけ、グレッグ! ビビッてんじゃねーぞ!」
「いいぞ、グレッグ! 切り込め! やっちまえ!」
なんだ、ここは。明らかにそれまでの平和な船とは空気が違う。とりあえず、飛び交う怒号が自分に向けられていないことに安堵しつつ甲板に降り立つと、
「根性見せろ! ぶっ殺せぇ!」
熱気の質が切り替わるのを実感した。
熱狂か、狂騒か、この雰囲気をどう表現すればいいのだろう。皮膚がジンジンと痺れるほど船上の空気が燃えていた。酔客達が一心不乱に見つめているのは甲板の先端に組み上げられた円形の舞台、その上で二人の戦士が木剣を全力で叩き付け合っていた。剣と剣がカチ合う度に観客の熱狂が高まっていく。
「これはまさか、剣闘場ですか?」




