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お義姉様とピクニック

  

領官邸から馬車が出たのは、それから一週間が経った朝だった。


乗車するのはジュリアンとザックと私の三人。

「出発まで随分時間がかかりましたね、旦那様」

揺れる馬車のシートでジュリアンは不機嫌そうに腕を組んでいる。即断即決の不死王にしては不自然なほど初動が遅い。


「あの後すぐに、ナディーンに話し合いを求める書簡を出したんだがな。今の今まで一向に返事をよこさない。こうなったら直接乗り込んでやる」

「はあ、お忙しいのですね。お姉様は」

「そんなわけあるか。嫌がらせに決まっている」

 辟易を隠さない声でジュリアンが答えた。拗ねたように下唇を噛む顔が、利かん気の溢れた子供のようでちょっと可愛い。

「嫌がらせだなんて。姉弟じゃないですか」

「貴族の兄弟ほど仲の悪い生き物もいないだろう。イーロンデール家もそうじゃないのか」

 瞬時にリディアの意地悪くも美しい笑顔が頭に浮かぶ。

「確かにそうですね。でも、うちは腹違いですから」

「俺もそうだ。姉と弟は俺と母親が違う。俺は妾の子だ」

「そう、なんですか」

「共通点が多いな」

「はい?」

「俺とシエラだ。意外に共通点が多い」

 そう言ってジュリアンは長い指を折る。

「まず、兄弟と仲が悪いところ、兄弟と母親が違うところ、父親がろくでもないとこ、無駄遣いを嫌うところ。それから……」

「オリーブオイルが好きなところ?」

「それも追加だ」

最後の小指を畳みながらジュリアンは口の端を僅かに持ち上げた。


笑っているんだろう。巣穴から小鳥が顔を覗かせたような笑顔、小さいけれど愛らしくて見ているこちらもついつい引き込まれて笑ってしまうような笑顔。

「……そうですね」

私はそんな笑顔に気付かないふりをして頷いた。己の膝を見つめたまま。

不覚にもまた弾んでしまった心を抑えるように、しぶとく芽吹こうとする期待の目を摘むように。


馬車はルーヘンの村で一泊を挟みつつ街道を東へ直進した。

そして、イーロンデール領とヴラオゴーネ領を別つブルフロック川に突き当たってそのまま流れに沿って南へ下る。

「ヴラオゴーネ領に入るんじゃないんですか?」

「入らない。このまま中立地帯を南下する」


ヴィシュカ王国では河原は誰の土地でもない中立地帯と定められている。女帝ナディーンは女ながらにしてヴラオゴーネの一地方の領官を任されていると聞いていたので、てっきり中立地帯を横切ってヴラオゴーネ領で会うものとばかり思っていたけれど。

「ヴラオゴーネに入ると父に行動を知られてしまうからな。ナディーンへの手紙にも会うなら中立地帯でとしたためてある。アレはピクニックが大好きで月の初めは必ずブルフロックの河原に繰り出しているんだ。それに紛れ込めば目立たないだろう」

「なるほど」

越境すれば必ず関所を通ることになる。ヴラオゴーネの衛兵が不死王の顔を見落とすとは思えない。クリスランに人質を取られているジュリアンとしては中立地帯での密会が絶対となるわけか。

「でも、ナディーン様からは返事がなかったのですよね?」

「沈黙は肯定ととるのが習わしだ」

 聞いたことのない風習だな。そんなことを思いながら車窓から水量豊かなブルフロックの川を見下ろした。

立派な河だ。北方山脈の雪解け水を運ぶ雄大な流れ。その両岸を背の高い葦が見渡す限りびっしりと覆っていた。それはさながらどこまでも続く緑の砂漠の様で……。


出会えるのかしら、これ? にわかに不安が湧いてきた。


当たり前だが河原と一口に言っても、川の両端は上流から下流まで全て河原だ。いくら出かける日取りがわかっていたとしても、これほど広大な範囲でたった一人の女性を見つけることができるのだろうか。

ただでさえ、中立地帯の河原には付近の人間が集まって好き勝手に行動しているというのに。同じくピクニックを楽しむ者、川に釣り糸を垂らす者、売り物にしようと葦を刈る者、様々だ。遠くから賑やかな笛や太鼓や花火の音も聞こえてくる。どうやら、お祭りまで開かれているらしい。こんなところでどうやってナディーンを見つければ、

「見つけたぞ」

 見つけたらしい。嘘でしょ、どれだけ目がいいのですか、旦那様。

「あれだ」

ジュリアンが雑に指差したのは祭囃子の聞こえる先。少し下流の河原……いや、違う。河原じゃない、川の上だ。祭囃子は川の上から発生していた。

「なんですか、あれ?」

少しずつ全容が見えてきた。川に何艘もの小舟が浮いている。それらは互いに行き来できるように橋渡しされて密集し、さながら中州を形成するかのようだった。

小舟の上には屋台が立てられ何本もの幟が刺さっている。また花火が打ち上がった。歓声がわっと船上で爆発する。

祭りは、川に浮かべられた船の上で開催されていた。


「すごい、船上祭なんて初めて見ました」

 車窓に張り付かんばかりにして私は言う。

「だろうな、俺も他では見たことがない」

「ナディーン様はあのお祭りに参加されているのですか?」

「いや、参加はしてない」

 なんですと……。

「主催しているんだ」

 なんですと?

「あと、あれは祭りじゃない。ピクニックだ」

 なんですと!

「ピクニック? あれが?」

 お弁当持って、ちょっと歩いて、お茶したりなんかするピクニック? あれが?

「まったく派手好みな姉で嫌になる」

 そんな一言で済ませていいのですか。

どうやら、ジュリアンとナディーンに血の繋がりがないのは本当のようだ。質実剛健を旨とする不死王のどこを絞ってもあの発想は出ないだろう。


私の妙な納得感を乗せて、馬車は祭囃子の中心に向かって進んでいくのだった。


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