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旦那様との朝食デート2


「父は国王の首を取る気でいる」


衝撃の告白から一夜明け、私はまたジュリアンから朝食のお誘いを受けていた。


何も知らないエイミーは大喜びで籠一杯の髪飾りと化粧品を持ち込んで、寝起きの私をトロフィーのように煌びやかに仕立ててくれた。

食堂に続く長い廊下を一人、一歩一歩踏みしめて歩く。頭によぎるのは昨日のジュリアンの言葉だ。

『父は国王の首を取る気でいる』

 ジュリアンの告白は、まるで雷のような衝撃をもって私の体を貫き、


「おはようございます、旦那様。今日も良い朝ですね」


そのまま稲妻のような速度で消え去った。

「遅くなって申し訳ございません、エイミーがなかなか解放してくれませんで。おや、エクストラバージンオイルのドレッシングですね。このオリーブはどこの国の物をお使いですか?」

「……」

「旦那様、どうかなさいました?」

 ティーカップを持ち上げたまま彫像のように固まるジュリアンに問いかける。

「いや、何でもない。オリーブオイルのことはコックにでも聞け。それよりも、一応確認しておくが……昨日の俺の話を覚えているか?」

「もちろんです。そうそう忘れることはできない内容でしたので」

 そう答え、私はお転婆な小指でオリーブオイルを掬い取って一口舐めた。早摘みオリーブの青々しい香りが爽やかに鼻から抜けていく。

「美味しい。これに勝るオリーブを作らねば。闘志が湧いてまいりますわ」

「そうか……まあ、覚えているならいい」

「では、私からも何点か確認をよろしいでしょうか、旦那様」

私はナプキンで小指を拭うと、ワントーン声を落として尋ねた。

――人払いを。

そんな意思を瞳に込めながら。


「……」

ジュリアンの無言の指示に従って給仕係が退出する。

まだだ。扉が閉まってもまだ早い。足音が遠ざかるまで。万が一にも盗み聞きされない距離にまで。

たっぷり十秒の間を空けて、私は用意していた質問の一つを口にした。

「クリスラン閣下のご謀反について、旦那様は証拠をお持ちなのでしょうか?」

「ない。おいそれと掴ませるような男ではない」

「では、どうして旦那様は閣下に二心があるとお思いに?」

「王家への反感はヴラオゴーネ家の伝統と言ってもいい。政治への参加を許さず、ひたすらに隣国との“壁”になることを強要する王家のやり方に不満を覚えない当主はいない」

「なるほど、『己を曲げず、他を侵さず』を旨とするヴラオゴーネにもそんな鬱屈が……」

「その言葉を特に憎んでいたのが父だ。だから、隣国に討って出た。しかし、切り取った領土を手放すよう命令され、父は決心したのだろう」

 切り取った張本人であるジュリアンは、そこでグラスの水を一口含んだ。

「父は俺とシエラの結婚式に何としてもディミトリス陛下を招くつもりでいた。そのために尋常ではないほどの金と労力を費やしていた。俺の疑念が確信に変わったのはその時だ」

「旦那様が頑なに式を挙げようとしなかった理由がそれですか。ということは、旦那様は謀反に反対である、そう思ってよろしいですね」


「当然だ」

 ジュリアンの返答に淀みはなかった。蒼い瞳は魔除けのターコイズのように確固として揺るぎない。

「よかった。旦那様ならそう言っていただけると信じておりました」

 私は無意識に止めていた息を吐き出した。

「であれば、結局私達のするべきことは変わらないと思うんです」

「するべきこと?」

「はい、私達は変わらず離婚に突き進むべきです。旦那様は仰いました、クリスラン閣下が私達の離婚を認めないのは、王家からの謀反の疑いを避けるためだと。逆に言えば離婚を成就することで謀反を潰せるのではないでしょうか」

「離婚で謀反を……か」

 おもしろい。そう言いたげに視線が動くが、

「いっそのこと了承を得ずに強引に離婚してしまうというのはどうでしょう?」

「それはできない」

 ここは言下に拒否された。

「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 恐る恐るそう尋ねると、ジュリアンの青い目に濃い黒雲のような陰りが差した。

「シエラも聞いていたんじゃないのか、壁の裏で」

 壁の裏、一昨日のジュリアンとクリスランのやりとりか。

確かに、ずっと気になっていた言葉があった。報奨金のインパクトが強すぎてついついわきに追いやってしまっていたけれど、決して聞き流すことのできないクリスランの去り際の言葉。


『忘れるな、お前の急所は俺が握っているということを』


 ジュリアンはクリスランに弱みを握られているということか。

 どんな弱みを? さすがに口に出すことは憚られたので視線でそう問いかけると、

「詳しくは言えない。が、人質を取られていると思ってくれ」

「人質、ですか」

 想像以上の答えに一瞬言葉が詰まった。

まさか、実の父親が息子に対してそこまでするなんて。そうか、だからジュリアンは表立ってクリスランの意思に反抗できないのか。

人質を守るため言われるままに戦場を退き、言われるままに結婚し、言われるままに田舎に引っ込んだ。つまり、私との結婚生活も誰かの命を守るために継続しているということになる。

女性だったりするのだろうか。


『訳あって俺はお前を愛せない。だから、お前も俺を愛するな』


 ジュリアンの言葉が蘇る。初めてジュリアンに出会った日、ジュリアンが私を連れ出してくれた日にかけられた言葉。

それは、クリスランの謀反を告げられた時よりも強い衝撃を伴って頭に響いた。

「どうした、シエラ?」

「……いえ、なんでもありません」

ただ少し、驚いただけです。自分が傷ついていることに。

どうしてだろう。私に愛がないことくらい最初からわかっていたことなのに。私はいったい何を期待してしまったんだろう。

俯くと葉っぱのモチーフの髪飾りがカチリと鳴った。ごめんね、エミリー。こんなに綺麗にしてもらったのに、やっぱりあなたの期待には答えられそうもない。

 口中に広がった得も言われぬ苦みを洗い流すようにリンゴ酒を啜った。とろりとした甘味が舌の上に広がっていく。

この一口で切り替える。


「状況はわかりました。では、方針を変更いたしましょう。クリスラン閣下を説得する、ここは変わりません。しかし、その目的は離婚を了承させることではなく、謀反を諦めさせることに変更いたします。謀反さえ諦めていただければ、離婚に反対する理由もなくなりますので」

「謀反を諦めさせるだと? あの父にか」

「はい。当然ですが、私も閣下のご謀反には反対です。例えどんな理由があれ、国が乱れればその皺寄せは国民に行く。ここは断固阻止です」

「随分簡単に言ってくれるな。あの男に説得など通じるものか」

 ジュリアンが渋い顔で甘いリンゴ酒を流し込む。

「ですから、周りから行きたいと思います」

「周り?」

「こういう交渉は公爵次官時代に何度も経験しております。どんなに横暴に見えても領主というのは不自由なもの。家族全員に反対されればそれを振り切って独断で動くことなどできません。ましてや、戦となれば猶更です。一人で槍を持って特攻するわけにもいきませんから」

「俺の家族を懐柔する気か?」

「人聞きが悪いです。仲良くなると仰ってくださいませ。新しいお友達、ワクワクいたしますわ。で、ヴラオゴーネ家の中で友達になる価値のあるお方は誰ですか?」

「それが友達を探す人間の言い草か」

「もちろん、旦那様とクリスラン閣下以外でお願いいたしますよ」

「……姉と弟だ。叔父と叔母はもういない」

「かしこまりました。では、お姉様と弟君の二票が取れれば私達の勝ちですね」

「だから、そう簡単に行くわけが――」

 そこでジュリアンは言葉を止め、私の顔をじっと見つめた。

「いや、あるのかもしれないな。シエラを見ているとそんな気もする」

「お任せください、生贄令嬢は場数だけは踏んでいますから。それでは、早速懐柔に……いや、お友達になりに行きましょう」

「どっちから攻める?」

「そうですね。やはり、お姉様でしょうか。女同士のティーパーティーとしゃれ込みますわ」

「わかった。ザック」

 ジュリアンは計算していたかのようにきっちりと朝食を終えて護衛に入室を求めた。

「ナディーンの元に向かう。準備を頼む」

「ナ、ナディーン様……とは、どちらのナディーン様でしょう?」

「決まっているだろう。『女帝』のナディーンだ」

「……かしこまりました」


 女帝。


 実の姉に付けるにしてはあまりにもあんまりな二つ名と、ザックの額に浮かんだ深すぎる皺を見る限り、井戸端会議は思っているほど平和には終わらないのかもしれない。



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