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公爵次官 シエラ・イーロンデールと申します

何せ初めてなもので、プロフィールを書くところに一生たどり着けません……


「お父様、これはどういうことですか!」


「騒々しい。一か月ぶりに帰ってきて何を喚いているんだ」

 

執務室の窓から庭を見下ろしていた私の父――イーロンデール家当主フランク・イーロンデール公爵は、一か月ぶりに会う娘を振り返ることもなく背中越しに叱りつけた。


「大声も出ます! いったいどうして私の部屋があんな、あんな……え?」

私の淑女らしからぬ大声が掠れたのは、ようやくこちらを振り返ったお父様のお腹がまた一回り大きくなっていたからではない。豪奢な窓から覗く中庭の風景が、一か月前と激変していたからだ。


「お、父様。お庭が……」

「うむ、気付いたか」

その顔が見たかった、そう言わんばかりにお父様の口髭が満足そうに持ち上げられる。

「つい昨日、改修工事が終わったばかりでな。今流行の宮殿様式庭園というやつだ」


……改修工事?


「見事なもんだろう。各種バラで我が家の家紋を象らせているんだ。もちろん、花ばかりではつまらんからな、大理石の彫刻もふんだんに立たせてあるぞ。それにあれだ、あの鐘楼。ここまでの大きさの物はヴィシュカ王国全土を見渡したってないはずだ。待ってろ、もうすぐ鐘が鳴る頃だ。素晴らしい音色に涙すること請け合いで――」

「お待ちください、お父様」

涙ならもう出そうだ。失礼を承知で公爵閣下の解説に割って入った。


「また中庭を改修されたのですか? 無駄遣いはお止めくださいとあれほど申し上げましたのに」

「無駄遣いではない。イーロンデール公爵家の威厳を市井に遍く示すための必要経費、これは公務のようなものだ」

「中庭が市井の目に留まるはずがないでしょう。そもそも費用は、改修費用はどこから出したのですか」

「心配するな、家の金には手を付けておらん。臨時収入というやつだ」

「臨時収入?」

そんな馬鹿な。イーロンデール家の財務状況は隅から隅まで知り尽くしている。臨時の金など金貨の一枚だって湧いて出てくる余地はない。


「お父様、庭の改修費用ですよ。そんな大金がどこから降ってきたのですか」 

「ああ、うるさい! 口を開けば金、金、金と。もういいわ、風流を解さんお前にいくら話しても無駄だった」

 私から望み通りの賞賛を引き出せなかったお父様は、素早く機嫌を損ねてぷいっと窓に向き直ると、

「――で、どうだった?」

ぞんざいにそう尋ねた。

この期に及んで庭の感想を求めているわけでもないだろうから、『公務』の報告をせよということなのだろう。

言いたいことは山ほどあったけれど、今は私事より公事だ。お腹でごちゃつく感情を溜息ひとつで整えると、私は馬車の中で整理した書類を執務机に提出した。


「クラブ川の治水工事はぎりぎり物質調達の目途が立ちましたのでおっつけ再開する予定です。王都から是正勧告を受けたデイバイ商業地区の治安問題はアジジ商会の仲立ちで解決しそうです。その代わりこちらにも譲歩は必要ですが」

「アジジ商会? あんなヤクザ者に何を譲ることがある」

「アジジ商会は今やイーロンデール一の商会です。関係は大事にしませんと。あと、ゲネオール地方の反乱ですが――」 


「何と言った?」


「……訂正いたします。ゲネオール地方の異議申し立ては穏便に決着いたしました」

お父様は反乱や謀反といった類の言葉を好まない。自分の収める領地で反乱が起きることを個人的な侮辱と捉えているからだ。そのくせ面倒な仕事は娘である私に押し付けて自分は趣味にかまけて贅沢三昧、おかげでイーロンデール家の財政はもう何年も前から火の車である。


「ふむ、イーロンデール領は今日も平和ということだな。これも全てこのわし、イーロンデール公爵の威光であろう」

「……」

「シエラ」

「……はい、全てお父様の御威光のおかげです」

ああ、言いたい。そのイーロンデール公爵様の尻拭いで、公爵次官の私が駆けずり回る羽目になっているのだと。お父様はいつもこうだ。公爵としての名誉と栄光だけをその身に浴びて、厄介ごとは全て私に押し付ける。そもそも、どこの世界に公爵様の公務を肩代わりする令嬢がいるというのか。

公爵次官と聞けば名前だけは立派そうに聞こえるけれど、その実は体のいい身代わりの人身御供。商会からクレームがつけば北へ飛ばされて罵声を浴び、治水工事が滞れば南へ送られて不満を聞き、王都からのお叱りが届いたら西に頭を下げに行き、民衆が武器を取れば東へ差し向けられてその怒りを一身に受ける。

いつからだろう、私が使用人達から『生贄令嬢』と呼ばれるようになったのは。


「よろしい、報告はわかった。今日のところはもう部屋に下がって休め」

お父様は結局一度も書類を手に取ることなくそう言った。

「それはできません」

「長旅で疲れているだろう。いいから部屋で休め」

「無理なのです、お父様」

「いい加減にしろ! 娘の分際でいちいち父の言うことに逆らうな!」

ついにお父様の怒鳴り声が爆発した。ここ最近の親娘の会話は常にお父様の一喝で閉められる。


そして、それを待っていたかのようにノックもなしに執務室の扉が開かれた。


ノックもなしに扉を開けるのは誰かしらー?

家族かしからー?

継母と継妹かしらー?

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