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お久しぶりです、お兄様


「何、シエラだと!」

 反応はすぐにあった。


集会所の二階からドタドタと階段を駆け下りる足音が響く。それは後半から転げ落ちる音に切り替わり、


「本当にシエラじゃねぇか!」


 従兄のケビン・イーロンデールが飛び出てきた。

 お久しぶりです、お兄様。やはり、あなたが反乱軍を率いていたのですか。気が短いところは相変わらずのようですね。貴族らしからぬその言動も、筋骨隆々のその体躯も、短く刈り込んだ髪の毛も、


「会いたかったぞ!」

「――うっ」

 私を溺愛して猪突猛進な感じも変わっていない。部下の兵士をかき分けてタックルのようなハグを決められた。


「結婚したと聞いて驚いたんだぞ。不死王に略奪されたんだって? こんなに細くなっちまって。やっぱ、あのくそったれの元で苦労してるのか」

「痛いです、お兄様。まったく苦労はしていません。むしろ、実家より良くしてもらっています」

「そうかそうか。やっぱりあの野郎に苦しめらてるのか。可哀想になあぁぁっ!」

「苦しさでいうと今が一番です。鎧姿で締め上げないでくださいまし」

「可哀想になぁぁぁ!」

 もう! 話を聞かないところも全然変わっていない。


お父様の末の弟の息子でありハルロップの先代領官であるケビンは、イーロンデール家の中で唯一私に良くしてくれる親族だ。義理堅く情け深く人望も厚い好青年だが、素直に優しいと表現できないのは、貴族と思えぬ粗暴さとこういう肉体面が全然優しくないからだ。

だから、痛いんですって、この馬鹿力が。そろそろ引っぱたいてやろうかしら。

「離せ、妻が痛がっている」

 と思ったら、ジュリアンが強めに代行してくれた。


「いってぇ! なんだ、てめーは!」

「お前が今苦しめている女の夫だ。いいから早く離れろ」

「シエラの夫だと?」

ビキリと、ケビンの額に太い青筋が走った。ジュリアンの顔を睨み付ける眼球に稲妻のような赤が走り、

「てめぇが不死王か!」

 止める間もなくケビンは腰のサーベルを抜き放った。

「やめて、お兄様!」

 やっぱり、こうなったか。私を溺愛するケビンと、形だけとはいえ私を家から奪い去ったジュリアン、この二人が接触して何も起きないわけがない。やはり会わせるべきじゃなかったんだ。


しかし、後悔してももう遅い。呆気にとられていた兵士達も、主人の抜刀に頬を叩かれたかのように目を覚まし穂先に闘志を込め直している。

「よく俺の前に顔を出せたな、不死王。俺の可愛い従妹を強奪しやがってどういうつもりだ」

「強奪などしていない。これは親同士が公認した正当な結婚だ」

「なるほど、オジキの差し金か。オジキなら支度金目当てにシエラを売っ払っても不思議はねえな。だが、妙だ。俺はお前がイーロンデール屋敷に乗り込んできたって聞いたぞ」

「結婚の前にシエラの身辺を調査した。かなり酷い扱いを受けていたとわかったから準備を待たずに連れ出したんだ」

「そうだ! シエラはいつも酷い目に合ってたんだ。俺はずっと言ってたんだぞ。シエラのありがたみをもっと感じろって」

「俺は女を愛せない。シエラもそんな夫を愛せないだろうから式も挙げずに書面で済ませた。家では顔も合わせていない」

「それでいい! 俺のシエラに不死王の手がついたんじゃ恨んでも恨みきれねぇからな。なんだ、不死王のくせに物のわかった男じゃねぇか。よーし、ぶっ殺す!」

なんでそうなったんですか。結構話が合ってませんでしたか、今?


「……お前は言葉が通じないのか」

 呆れて物も言えないとばかりにジュリアンが溜息をつく。

「ふん、俺が挙兵したのはシエラのことだけじゃねえ。新しい領官であるお前の不正を見過ごせなかったからだ!」

「不正だと?」

「恍ける気か。いいだろう、そのまま恍けていろ。今、証人を呼んでやるからな。村長出てこい!」


…………。


「村長!」  

 誰も出てこなかったので、ケビンは喚きながら集会所に突入していった。ジュリアンは呆気にとられたようにその姿を見送って、

「シエラ、あいつは何を言っている。不正とはなんのことだ」

「さあ、なんでしょう」

 ハルロップはイーロンデールでは珍しく問題が少ない地方なので公爵次官時代にも政務に立ち入ったことがほとんどない。ケビンはいったい何を憤っているのだろう。


「待たせたな、こら!」

 待つこと数分、鼻息荒く従兄が戻ってきた。

腕を引かれているのが村長だろうか。小太りでどこかお父様を思わせる風貌だが、顔を上げようとせず視線だけがチラチラと不安定なのが不審な男だった。

「さあ、言ってやれ、村長。この不死王は着任早々、ルーヘンの村に不当な重税を課したってな!」

「は、はい……」

「目玉が飛び出るような額の税だ。そんなもん課せられたら村人は生きていけねえ。だから村長はみんなのために税を肩代わりしたんだよな!」

「は、はい……」

「そしたら、不死王の野郎は付け上がりさらなる重税を課しやがった、何度も何度もな。あっと言う間に村の金庫は空っぽよ。そうだな、村長!」

「は、はい……」

「どうだ、不死王! これでもまだ申し開きがあるか。証人がここまではっきり証言してるってのによ!」

 証言してたかしら。ほとんどケビンが喋ってたような気がするけれど。

何だか横顔がチクチクする。見上げればジュリアンが「もうこいつとは喋りたくない」と視線で訴えかけていた。

無理もない。こんな山賊みたいな貴族、ヴィシュカ王国のどこを探したって他にはいないだろう。


「あの、お兄様。仰ることはよくわかりました」

 なので、慣れている私が代わりに話すことになる。

「義憤はもっともです。お兄様の訴えはまぎれもなく正義の元に成り立つ崇高なものだと思います」

「おう、そうだろう」

「ですが、証拠はちゃんと検討なされたのでしょうか」

「当ったり前よ。しかとこの目で確認した。村の金庫は間違いなく空っぽだった」

「いや、そうではなく。その空っぽの原因が重税によるものだと確認なされたのでしょうか。例えば文書があるとか、村人に聞いてみたとか」

「聞いてはいねえ。村長はな、この村長はな! 村人に余計な心配をかけまいとして黙って税を肩代わりしたんだよ。こいつは漢だぜ!」

「ああ、なるほど……村の金庫で肩代わりですか」

 バシッと肩を叩かれて村長の視線の振れ幅が大きくなった。まるで胸中の不安を表すかのように。もう一度ジュリアンの顔を見上げてみるが、現領官様はもう何も言わないと決めたかのように固く口を結んでいる。

なので、また私が行く。まさかの領官次官就任だ。


「お兄様、大変申し上げにくいのですが、さすがにこれをもって旦那様の不正を疑うのは無理がないでしょうか」

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