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ここは私お任せください


 休憩なく走り続けた馬車が軽い傾斜をシートに伝えた。小高い丘を登り始めたようだ。


「旦那様、街道を封鎖するならこの丘を下った先の橋の前に陣取るのが定石です」

「馬車を止めろ」

 すぐさまジュリアンが停車の命令を発した。呆れながらも私の公爵次官としての知見は信じてくれるらしい。

「丘の上から偵察する」

 油断なく周囲の様子をうかがって、まずはジュリアンが馬車を降りた。

「奥様は馬車でお待ち下さい」

 続いてザックが草地に降り立ち、

「よいしょっと」 

間をおかずに私も降車する。

「奥様!」

「ごめんなさい。ちょっと、ほんのちょっと見るだけですから」


 やっぱりいくら考えてもルーヘンの村民が反乱を企てるとは思えない。そもそもルーヘンに武器があったことがびっくりなくらいだ。

きっと羊が逃げただけ。そう強く願いながら丘を登り、

「……ああ、最悪だ」

 眼下の景色に絶望した。

ルーヘンの村の外周をなめるような形で流れる一本の川、その橋の手前にバリケードが築かれ、武器を携帯した人数が屯している。

羊を追うには明らかに過剰過ぎる武装だった。


「なるほど、配置だけはシエラの言った通りだな。ザック、どう見る」

「そうですね、村人が作ったにしてはよく考えられたバリケードです。立木を切り倒して寝かせただけですが、あれだけ枝が茂っていると突破するのはかなり困難でしょう。正面から部隊を攻め込ませても、あそこで時間を稼がれてその間に橋を落とされます。厄介ですね」

「よし、次は側面を見に行くぞ」

 一目で状況を見て取ったジュリアンが早々に引き上げの指示を出した。

「お待ちください、旦那様」

 しかし、私は動かずに言う。


「これは、本当に反乱なのでしょうか」

「……正気で言ってるのか。あれが羊を追っているように見えるのか」

「きっと何か、やむにやまれぬ理由があって武器を取ったはずです」

「それを反乱というのだ。どんな理由があったとしても武器を取れば反逆だ」

「では、その武器を捨てさせればどうでしょう」

「なに?」

「私がやります。私が武器を捨てさせます。ですから、どうかご猶予を」

 袖に縋り付かんばかりにして懇願した。

ジュリアンはそんな私の目を正面から見据え、

「出しゃばりすぎだ、シエラ」

 青い目に怒気を湛えてそう言った。


あの目だ。氷海の目、氷原の目、立ちはだかる者全てを凍らせる不死王の目。

「お願いします、旦那様。どうかご猶予を」

 だが、今回ばかりは目を逸らすわけにはいかなかった。

怖くて仕方がないけれど、膝が冗談みたいに震えているけれど、今回だけは譲れない。眼球を削る思いで不死王の視線を受け止め続けると、

「……似ているな」

「え?」

不意に青い目に別の感情の色が差した。と同時に、薄い唇が今度こそ明確に判別できるほどはっきりと、笑みの形を作り上げる。

なんて綺麗な笑顔だろう。ジュリアンの不意打ちの笑顔は、心の固めていなかった部分から簡単に入り込み、奥底まで染み込んで――。


「抜け穴から忍び込んできた時と同じ目をしているぞ。何を企んでいる、シエラ」

 あ、まずい。この人本当に奥まで探ってくる。


「な、なんのことでしょうか。企むとか、そういうのは全然……わかりません」

「急に口数が減ったじゃないか、ますます怪しい」

 もうご勘弁ください。不死王は心を読むことができるのですか。もう見ないで。

「まあいいか。そこまで言うならシエラの考えに乗ってやろう」

「本気ですか!」

 ジュリアンの言葉に私より早く反応したのはザックだった。すぐに斥候中であることを思い出し、声量を落として反論する。

「奥様一人では危険すぎます」 

「危険は覚悟の上だろう。仮に死んだとしたらそれはそれだ。父上もいよいよ離婚に反対できまい。それでいいな、シエラ」

「もちろんです! 行って参ります」

 もとより異論があるはずもない。元気いっぱいにそう答え、私は木立に飛び込んだ。

アジジ商会の教えその三、『行動は相手の気が変わらないうちに迅速に』だ。


会長の教訓を体現するように、私はドレスの裾をヒラつかせながら疾風のように丘を下るのだった。

 


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