旦那様とハネムーン(反乱鎮圧)
馬車が街道を駆け抜けていく。
「反乱が起きたのはハルロップの西端にあるルーヘンという村です。今朝早くに村人が武器を取り街道を封鎖したとのこと。今のところ死傷者は出ていません」
「村に治安維持部隊は?」
「自警団があるだけで公式の組織は配備されていません」
「ルーヘンに反乱の前例は?」
「記録上は、前領官時代に一件」
「前領官……ケビン・イーロンデールか」
揺れる馬車の中でザックは矢継ぎ早に情報を伝えた。ジュリアンはいちいちそれに頷きを返し必要に応じて質問を差し挟む。
反乱の報を受けたジュリアンはすぐさま斥候を送る決断を下した。
当然、誰か人を差し向けるのかと思いきや、馬車に乗り込んだのはジュリアン本人。周りが何も言わないところを見るに、特に珍しいことでもないのだろう。同乗するのは御者を務める使用人と護衛のザック、
「ルーヘンで反乱なんてありません。その記録は間違いです」
あと無理矢理ついてきた、私。
「おい、シエラ」
「ルーヘンは村ぐるみで牧羊を営んでいる小さな村です。村人だって三十人にも足りません。反乱なんて不可能です。きっと羊が逃げただけですわ」
「……シエラ」
「あの村では羊が逃げると街道を塞いで捕まえるんです。それでケビンお兄様が勘違いしただけなんです。本来なら記録も訂正しなくてはいけないのですが、お兄様はやや粗雑なところがありまして。いえ、もちろん普段は正義感が強くて人情に厚い親分肌の快男児で――」
「話を、聞けと、言ってるんだ」
言葉と言葉の隙間からナイフのような怒気に斬り付けられた。
「申し訳ございません。また喋りすぎました」
怒りを湛えたジュリアンの目はまるで氷海のような冷たさで、自然と震えが上がってしまう。
「そもそも、なぜお前が馬車に乗っている。館で待てと言ったはずだ」
「も、申し訳ございません。ですが、旦那様はイーロンデールにはまだ不慣れですし。私は公爵次官としてイーロンデールの隅々まで把握しています。きっと、お役に立てると思いまして……」
「ザック。シエラを館に縛り付けておけと言っただろう」
「私には無理でした」
「ほだされたか。戦場を離れて甘くなったな」
「いえ、それが……」
「違うんです、ザックを責めないであげてくださいまし。彼は間違いなく命令を実行いたしました。ただ私、錠前破りよりも縄抜けの方が得意でして」
ドサッとロープをお返ししつつ、ザックに向きかけた叱責の視線をこちらに戻した。
「……またアジジ商会の技能伝承か。いくつ仕込まれてるんだ」
「数ですか? ええっと、二、三、四……あの、縄抜けと手錠抜けは別に数えた方がよろしいでしょうか?」
「もういい、わかった」
私の指折りを遮って、ジュリアンは溜息を吐き出した。
「どのみちここまで来たらもう引き返せん、ついて来い」
「ありがとうございます!」
「いいのですか、ジュリアン様。斥候は遊びでありません。素人を連れてもし下手を打たれたら」
「俺達に気付かれずに馬車に忍び込んだり、縄抜けまでする女はもう素人じゃない。まったく、親父のやつめ。よりにもよってとんでもない女をあてがってくれたもんだ」
「ご安心ください。その件に関しましても可及的速やかにご依頼を達成する所存でございます。そのためにも、まずは全力でこちらの問題を解決いたします。全ては二人の離婚のために!」
エイエイオーとばかりに拳を突き上げたけれど付き合ってくれる人はいなかった。こういうのってイーロンデールだけの文化なのかしら。
「奥様、張り切るのは結構ですが今回の目的はあくまで斥候です。でしゃばって余計な真似をなさりませんように」
逆に釘を刺される始末。さっき庇ってあげたのにな。
「いいですね、奥様」
「わかりました。ところで、この先のことですが――」
「奥様。出しゃばらないようにと申したはずです」
「ご、ごめんなさい。でも……」
「なんですか」
「この先揺れるのでどこかに捕まった方がいいですよ」
「うおおっ」
遅かった。豪快にシートから滑り落ちるザック。えっと、これは私のせいじゃないですよね?
チラリとジュリアンの表情を盗み見るとふいっと顔を逸らされた。
どうやら、すっかり呆れられてしまったらしい。
その口元が少しだけ笑っているように見えたのは、たぶん私の気のせいなんだろう。




