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初めての朝食デート

「おはようございます、旦那様」


 旦那様をお待たせしないようにと早めの時間に食堂に入ったつもりだったけれど、ジュリアンはすでに食卓に着いていた。

 

思わず目を奪われた。おかしな表現かもしれないが、ジュリアンは朝日が似合う。今朝の装いは飾り気のないプレーンな白シャツにレザーのボトムス、シンプルな出で立ちが素材の良さを引き立てていた。

「どうした、何をじろじろ見ている」

「申し訳ございません。少し緊張しております」

「……そうか」

 水のグラスに手を伸ばすジュリアン、その秀麗な眉が微かに歪んでいた。


 少し見つめ過ぎてしまったかもしれない。気を付けないと、旦那様の心象を害して慰謝料を減らされでもしたらかなわない。 

 忘れるな、相手は女嫌いなんだ。昨日の言葉を思い出せ。


『あんな芋くさい女など触れたくもなく、顔も見たくありません』

『父上の命令だから仕方なく一つ屋根の下に暮らしておりますが、毎日反吐が出る思いです』


 ……冷静に思い返すとちょっと言われ過ぎな気もするな。

というか、反吐が出ていたのですか、毎日。


「どうした」

「いえ、なんでもございません」

 言いたいことは山ほどございますが、言うべきことはありません。

まったく、こんなに美しい男の人が女性嫌いだなんて人生はうまくいかないもんだ。公爵家に生まれた上にこれ程の見た目なら王族に入り込むことだってたやすいだろうに。いや、美しいのは容貌だけじゃない。パンをちぎる所作ですら神聖な儀式を見るように神々しく、リンゴ酒で潤う唇はドキリとするほど艶めかしい。

……ところでこれは、私も食べていいのだろうか。特に挨拶やお祈りを挟むこともなくぬるっと食事が始まったけれど。 


ジュリアンは贅沢を好まないらしくテーブルには公爵にしては簡素なメニューが並んでいる。朝から高級なワインをバカバカ空けるお父様とは大違いだ。

「いただきます」

 一応、儀礼的にそう言ってパンに手を伸ばすと、

「……」

ジュリアンの青い目が私を捉えた。深い海のような眼、見つめられると心ごと吸い込まれるような碧――ああ、だめだ。また見とれてしまっている。

「あの、旦那様」

「なんだ」

「そんなに睨まれると食べづろうございます。私の顔など見ても面白くないでしょう」

 あと反吐が出るのでございましょう。

「まあ、確かに面白くないな。今日は扉から入って来た」

 ぐうっ、さっそく昨晩のことを蒸し返してきたか。

「と、扉の使い方くらいは存じております。そんな嫌味を言うために私をお誘いになったのではないでしょう」

「もちろんだ。では、早速本題に入ろうか。聞かせてみろ、お前の離婚計画とやらを」

「その前に改めて確認させてください。この離婚案件、私が正式に受注したと捉えてよろしいでしょうか?」

「くどいやつだな」

「『確認はくどいほど』、アジジ商会の教えです」

「いいだろう、正式に依頼する。俺達の離婚を成立させろ」

「かしこまりました」

 私はナプキンで口を拭うと背筋を伸ばして居住まいを正した。


さあ、切り替えろ。たった今この瞬間からジュリアンは夫ではなく依頼者だ。

頭の中でぴしゃりと両頬を叩いて気合を入れる。隆々たる決意を込めて私は二本の指を立てて見せた。

「それではまず状況を整理いたします。一般的に考えれば離婚に必要なものは二点、本人同士の意思と両家の了承です。一点目はすでにクリアしていますので、後はヴラオゴーネ公爵のお許しが頂ければめでたく離婚成立となります。が、これはあくまで一般的なお話、我々の場合ここに三つめの条件が加わります」

 二本の指を立てた右手に、左手の人差し指を添えて見せる。

「王家の許しか」

「はい。私達の結婚はどういうわけか国王陛下の肝煎り案件となっています。正直、ここがさっぱりわかりません。どうして陛下が結婚の斡旋などなさったのか」

「ヴラオゴーネの力を削ぐためだろう」

 ゆで卵を剥きながら物のついでのようにジュリアンが言った。


「力を削ぐ……ですか?」

「力を持ちすぎた武人が君主から疎まれるのは世の常だ。ヴラオゴーネが専守防衛に留まらず隣国を切り取りまくっていることに脅威を感じたのだろう。だから、攻撃の要である俺を引き抜いた」

「なるほど、だから婿入りの形になるわけですか。ということは、私が選ばれたのは……」

「たまたまだろうな」

 たまたまですか……。

「王からすれば俺がヴラオゴーネから切り離されればそれでいい。大方、金に困ったイーロンデール公爵が支度金目当てに手を挙げたんだろう」 

「なるほど」

そして、本来であれば結婚生活の準備に使われるはずの支度金は、事業費共々庭の改修費用に消えたと。あのオヤジ許すまじ。

「どうした。まるで親の仇でも見るような顔をしているが」

「まったく、親の仇のような親ですわ」

「誰の親の話をしてるんだ」

「とにかく、そうとわかれば話は早いです。旦那様は私と離婚した後にすぐどなたかと再婚なさればいいのです。そうすれば国王陛下にも文句はないでしょう」

「結局、再婚するのか」

 ジュリアンの眉が不満そうな角度に傾く。


「そうですね。その点はご辛抱ください。女性嫌いの旦那様にはお辛いかと思いますが……顔も見たくない芋女に比べれば随分マシかと思います」

「……嫌味を返したつもりか?」

「どうしても気に入らなければ、結婚前に白い結婚の誓約を交わすという手もございます。閨を共にせず生活範囲もわけ、なんなら住む家も分けるような契約を最初から結んでおけばよいのです。特殊な結婚ではありますが公爵子息の肩書とお金があれば手を挙げる家は少なくないかと存じます」

「確かに、それなら悪くはないか……」

 我ながらナイスアイディア、これで条件その三も無事クリアだ。 

「残るは条件その二、ヴラオゴーネ公爵の了承のみですわね。ただ、昨晩盗み聞きした印象ですとこれが一番難しいかと――」

「ヴラオゴーネだけじゃないだろう」

「え?」

「イーロンデール公爵の了承もいるはずだ」

「ああ、お父様の……」


 そうか、当たり前のこと過ぎて頭からすっぽ抜けていた。確かに普通はそう考える。でも――。

「それなら大丈夫ですわ」

「……?」

 ジュリアンの眉が今度は困惑の形を示す。

「お父様は前妻の子である私に全く興味がないのです。支度金さえせしめれば後は離婚しようが野垂死のうが眉一つ動かさないでしょう。だから事後承諾で構いません」

「……そうなのか」

「はい、そうなのです。私の二つ名ご存じですよね? 生贄令嬢、勇ましい不死王様とは大違いです」

 自虐で軽口を誘ったつもりだったけれどジュリアンの表情は硬いままだった。ただ青い目に僅かな悲しみの色が差し、

「俺も変わらんさ」

「え?」

 ……今のは、どういう意味なんだろう。

それを考える暇もなく食堂の扉が乱暴に開かれた。


「失礼します!」

 飛び込んできたのはいつもジュリアンの傍に控えているはずのザック。珍しく焦っているようで大股で食堂を横断して主人に耳打ちすると、

「――すぐに斥候を出すぞ」

「はい」 

 途端にジュリアンの顔色が変わった。

「旦那様、何が……」

「話は後だ。呑気に離婚話をしている場合じゃなくなった」

 そう言うと、ジュリアンは口を拭ったナプキンをテーブルに捨てて立ち上がり、


「反乱だ」


 手短にそう告げた。



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