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序章 いったい誰のお引越し?

初めて投稿いたします。

幸せな話が大好きー。


何卒よろしくお願いします。



 序章 



「やったわ……ついに」


 私、シエラ・イーロンデールは大通りを走る馬車の中で、一人喜びを噛み締めていた。

ずっと温めてきた新事業に、ついに始動の目途がたったからだ。


長かった。誰もが憧れる公爵家の長女という立場に生まれながら、この数年は苦労の連続だった。

公務を顧みない父親に代わって東奔西走する日々。終わらない雑務と頻発する問題に追われながら、寝る間を惜しんで事業計画の実現に向けて邁進した。


『女のくせに』、『お嬢様のお仕事ごっこ』、男達の聞こえよがしの陰口は毎日のこと。

『可哀想に』、『そんなだから結婚できないのよ』、女達の嘲りの視線も毎日のこと。

それでも歯を食いしばり、何度もプランを練り直し、人脈を広げ、資金を貯め、ようやくスタートラインまでこぎつけることができたのだ。


これでイーロンデール家の財政が立て直せる。奇しくも今日は私の十九回目の誕生日。

「ありがとう、お母様」

車窓から覗くイーロンデール領の街並みに亡き母親の姿を重ね、私は万感の思いで涙を拭うのだった。

その直後。


「――あら?」


唇から感激にそぐわない間の抜けた声が漏れた。

大通りの向かいから一台の荷車が現れたからだ。


引っ越しかしら。荷台を積荷でいっぱいにさせた大きな荷車、進行方向を見るに今から街を出ていくようだ。特に珍しい光景ではなかったけれど、それでも目を離すことができなかったのは荷台に老舗の家具屋ショーターの衣装箪笥を見つけたからだ。

「随分と古風な趣味の方なのね」

ショーターの家具は質が良く何世代もの使用に耐える名品だが、決して当代の流行りではない。まさか私以外にショーターの愛好家がいたなんて。

嬉しいな。古い友人を見送る思いですれ違う衣装箪笥を眺めていると、

「……わぁ」

 再び小さな声が漏れた。


後続の荷車の荷台でウェザリントンのティーテーブルが揺れていたからだ。

「いい! 素敵なセンス」

ウェザリントンもショーターと並ぶ老舗であり、素材の味をいかした素朴な風合いが魅力の家具屋だ。私も亡き母親から譲り受けた同じ型のティーテーブルを今も大切に使っている。  

同じ町にここまで趣味が似通った人間が住んでいたなんて。できれば、引っ越す前にお知り合いになりたかったな。嬉しさに膨らんだ胸に一筋の寂しさが混じりこむが、ここまで来ると興味はその次にやってくるであろう荷車に注がれる。


まさかキュエルのソファが運ばれて来たりして。それともマルムシュのダムウェイター? ダンフリースのキャビネットだったら私、馬車から飛び出してしまうかもしれないわ。何としてもお知り合いにならなくちゃいけないもの。どうしよう、ワクワクが止まらない。


「……え?」

止まらない予定だったワクワクは、次の瞬間にはもう止まっていた。

キュエル、マルムシュ、ダンフリース、想像していた三つの家具を全部乗せた荷車が続けて出現したからだ。

いくらなんでも、ここまで家具のコレクションが一致することがあるのだろうか。

「これってまさか……」 

馬車が角を曲がった。一か月ぶりに帰るイーロンデール公爵邸、その玄関に五台目の荷車が横付けされている。荷台に積まれているのはショーターのベッド。色も形も風合いも傷の位置まで私の私物とそっくり同じ。


趣味が似通っているはずだ。


私好みの家具達は、他でもない私自身の自室から運び出されていたのだった。



いつかアンティークの家具に囲まれて生きていきたいなー

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