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黄昏の幻術師  作者: いろは
第六章
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第63話 オリヴァ・クルスの手記 2

 愛しのグレイス

 今日はきみにとっておきのしらせがあるよ。新しい中隊長の話はしたね? 今朝ついに、その中隊長どのがやってきたんだけど、それがなんと、ぼくの故郷のアーサー坊やだったんだ。


 もちろん、新品の軍服に身をつつんでぼくらの前に立った中隊長どのは、もう坊やなんて呼べる年じゃなかった。それでも、せいぜい二十歳くらいかな。隊でいちばん年少のジョーイとあまり変わらないように見えたよ。なのに階級は大尉どの、しかもぼくの知り合いときたもんだ! まったく、世間は狭いという言葉が今日ほど身に染みたことはなかったね。


 アーサー坊やは──本当はチェンバース大尉とお呼びすべきなんだろうけど、どうもしっくりこないんだ──ぼくの故郷グレンシャムの地主のご子息だ。普段は王都に住んでいて、毎年夏だけグレンシャムのクレイ館に滞在していた。赤毛のダリル坊やと一緒にね。


 夏の間しかいない子どもたちだったけど、あの二人のことはよく覚えている。どちらの印象も強烈だった。輝く金と燃える紅。ああグレイス、これは髪の色のことじゃない。ぼくが何を言いたいか、きみはわかってくれると思うけど。


 あの派手な二人組に、ヘレンが加わるとさらにすごかったよ。ずいぶん気が合ったんだろう。どこに行くにも三人一緒で、遊びに悪戯に、ときどき喧嘩に、毎日それはそれは忙しそうだった。おかげでよく腕やら足やらに傷をこさえては、うちの診察室に駆け込んできたものさ。


 そのアーサー坊やが、約十年ぶりに姿を現したんだ。ぼくはものすごく驚いて、それからひどく嬉しくて、だからだろう、あんな馬鹿な真似をしてしまった。われらが中隊長どのに向かって、よりによって皆の目の前で、アーサー坊やと呼びかけるなんて馬鹿な真似をね。


 愛するグレイス、きみの呆れ顔が目に浮かぶようだ。それとも、やさしいきみのことだから、むしろ心配してくれるかな。ぼくがひどい罰を受けているんじゃないかって。


 そう、本当だったら不敬罪で営倉入りは確実なところだったけど、寛大なるチェンバース大尉どのは、ちょっと眉をひそめただけで、何も言わずに立ち去ってしまった。気にしていない、というより、気にもとめないといった感じだったね、あれは。


 懲罰なしはありがたかったけど、昔馴染みのそっけない態度に、ぼくはいささか落ち込んだよ。そりゃあ昔からちょっとしゃに構えたようなところがある子だったけど、それなりに親しかった自信はあったんだけどな。でもまあ十年も前のことだし、子どもの頃に少し付き合いのあった大人のことなんて、すっかり忘れていても不思議はないのかもしれないね。


 それとも、顔に出さないだけで、やっぱり彼も不快だったのかな。若すぎるということで侮られないよう、彼なりに気を張っていたかもしれない。そんなところをいきなり坊や呼ばわりされたら、不愉快になって当然だ。


 なお悪いことに、ぼくの失言のせいで、駐屯地内に新任の中隊長どのを軽んじる空気ができてしまったようでね。ヘインズ軍曹とかワイト伍長なんかは、もう大っぴらに彼をこきおろしている。生っ白い青二才とか、乳離れもできていないひよっことか……いや、グレイス、このへんでやめておこう。きみの綺麗な耳を汚したくない。


 せめて彼が筋骨隆々の大男だったりしたら、連中の風当たりも少しはましだったかもしれないな。だけど、わが親愛なるアーサー坊やは、縦から見ても横から見ても生粋の上流階級、泥くさい戦場より華やかな談話室サロンがお似合いの外見でいらっしゃってね。背が高くて髪はきらきらで、知的な顔立ちに金の眼鏡がきまっている。あの坊やが立派になってと、昔を知る者としては誇らしいけど。


 とにかく、彼の立場が悪くなった責任の一端がぼくにあることは明らかだ。まずは彼に謝らないと。それから、なんとか埋め合わせができるよう、ぼくなりに頑張ってみるよ。


 ひいき目は抜きにして、彼が来てくれて、ぼくはとても嬉しいんだ。あの子は昔から頭がよかった。ヘレンとダリル坊やも、こと悪戯のお手並みにかけては彼に脱帽だったからね。彼ならきっと、ぼくをきみたちのもとへ返してくれるだろう。


 だからグレイス、きみは何も心配しなくていい。それより、どうかくれぐれも身体を大事にしてくれ。きみの心が安らかであるように、きみたちが無事であるように、ぼくは毎日祈っている。






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