第62話 オリヴァ・クルスの手記 1
愛しのグレイス
われながら照れくさい書き出しだ。自分がこんな恋文みたいなものを書く日がくるなんて、以前は想像もできなかった。だけど、これは恋文じゃない。そもそも手紙ですらない。ぼくはこれを誰に出すつもりもないからね。
さっき郵便配達人のガストンがまわってきて、ぼくにも声をかけてくれた。ようオリヴァ、家族への手紙なら書き終えるまで待っててやるぜ、とね。
相変わらずいいやつだ。月に一、二度やってきては、故郷からの手紙や煙草や細々とした日用品や、あとはあまり大きな声では言えない品々を配り歩いてくれるガスは、ここじゃ神様みたいに崇められている。気のいい髭面の神様だ。
せっかくの神様のお申し出だけど、今回は必要なかった。くりかえしになるけど、これは手紙じゃない。ただの日記、スケッチみたいなものだ。日々のあれこれを書きつづった、ただのスケッチ。
なんでこんなものを書きはじめたのか、自分でもよくわからない。それからグレイス、なぜきみ宛ての手紙のようにつづっているのか、それもうまく説明できない。
たぶん、ぼくは寂しいんだろう。きみに会いたくて、きみを抱きしめたくて仕方ない。ここでは毎晩きみの夢を見る。夢の中のきみはとても綺麗で、そして少し寂しそうだ。はじめて会った日と同じように。
ねえグレイス、はじめてきみを見たとき、ぼくは故郷の湖を思い出したんだ。ぼくの故郷の話は何度かしたね。大きな湖があるところだ。子どもの頃は毎日のようにそこで遊んだものだよ。晴れた日はぼくの瞳まで染まってしまいそうな深い青で、夕暮れどきは燃えるような茜色に輝いていた。
だけど、ぼくがいちばん好きなのは、雨の日の景色だった。銀の糸みたいな雨が降りそそぐ湖面は、けぶるような薄水色で、ぼくはその静かでやさしい色がとても好きだった。
愛するグレイス。きみをひと目見たときから、ぼくの心はずっときみのものだ。きみに会えてようやく、ぼくは自分がどれほど凍えていたかわかったんだ。きみなしの人生なんてもう考えられない。ぼくはもう二度と失いたくない。
ここまで読み返してあきれたね。なんて熱烈な恋文だ。こんな恥ずかしい手紙はとても出せるものじゃない。
いや、きみにならいいんだ、グレイス。きみが相手だったら、ぼくはぼくの中のありったけの愛の言葉をかき集めよう。どんな詩人もかなわない名文をきみに捧げよう。だけど、きみのお母上がそばでご覧になっているとなれば、話は別だ。
大丈夫だよ、グレイス。きみへの手紙はちゃんと神様に預けておいた。きみのお母上が横から取り上げてお読みになっても全く問題のない、お行儀のよい文面のね。
ああ、もう指がかじかんできた。気は進まないけど、そろそろ持ち場に戻るとしよう。最近どうも駐屯地の空気がよくなくてね。うかうかしていると、ぼくみたいな衛生兵でも殴られかねない。たぶん新しい中隊長が赴任してくるというので、上の連中もぴりぴりしているんだろう。
噂では、新任の中隊長どのは貴族のお坊ちゃんらしい。お貴族様が何を好んでこんな前線にやってくるのかは知らないけど、願わくはあまり味方を死なせない人でありますように。それから、どんな神様でもいい、どうかきみたちをお守りくださいますように。一日も早く、きみたちのもとへ戻れる日が来ることを願っているよ。




