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黄昏の幻術師  作者: いろは
第三章
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第33話 すみやかな報復

「そりゃ災難だったな」


 ぼくのかわりに先生から──なにしろぼくは息が切れて話どころではなかったので──事の次第を聞くと、ダリルさんは灰色の瞳を曇らせてぼくを見た。


「まあ、これでよくわかっただろう。こいつに付き合うとろくなことにならないって」

「ダリル」


 先生がとがった声で抗議する。


「なんでわたしのせいになるんだ」

「どう考えてもおまえのせいだろうが。おまえがあのお人と良好な関係を築いていれば、こんなことにはならなかったんだぞ」

「そんなもの」


 先生は鼻で笑った。


「必要ないね。そもそも関係のない相手だ」

「そういうところだよ、アーサー」


 ダリルさんはため息をついて赤毛をかきまわした。


「悪かったね」


 ダリルさんにではなく、ぼくに向かって先生は言った。


「わたしの読みが甘かった。きみのお披露目のために呼びつけられたとばかり思っていたんだが、どうもいいように踊らされたらしい」

「いえ、ぼくは……」


 先生に頭を下げられて、ぼくはうろたえた。


 実際、先生がぼくに詫びることなんてなかったのだ。ぼくはむしろお礼を言うべきだった。ぼくを助けに来てくれた先生に。それから、ぼくたちを迎えに来てくれたダリルさんにも。


 これは後で聞いた話だが、ぼくと先生がチェンバース邸から姿を消したことを知ったダリルさんは、すぐに馬車を出して王宮に向かってくれたのだそうだ。


 おれの助けなんて要らんだろうと思ったが、とダリルさんは語ってくれたものだ。まんざら冗談とも聞こえない口ぶりで。万が一にもあいつに恩を売れる目があるなら、それに賭けない手はないからな、と。


 結果的に、ダリルさんは賭けに勝った。先生としては、あのご婦人の部屋からそのままチェンバース邸に戻るつもりが、たぶんぼくを連れていたせいで──先生はあとで「寄る年波」のせいだと言ってくれたが──王宮のど真ん中に現れ出てしまったのだった。ダリルさんが裏門を開けて待ってくれていなかったら、ぼくたちはずいぶん面倒な立場に追い込まれていたことだろう。


 それにしても、なんでダリルさんはぼくたちが出てくる場所がわかったんだろう、とぼくは不思議に思ったのだが、なんと先生とダリルさんは過去にも王宮でひと騒動起こしたことがあるそうで、そのときに見つけた「いちばん逃げやすい道」があの門だったのだそうだ。二人がいったい何をやったのか、それは長くなるのでまた別の機会に。


「先生は、あの人とお知り合いなんですか」


 ようやく息を整えたぼくが訊ねると、先生は「まあね」と頬をゆがめた。


「昔の知り合いだよ」


 それきり口を閉ざした先生のかわりに、ダリルさんが「ほら」とぼくに何かを放った。反射的に受け止めたそれは、鈍く光るダカット金貨だった。


「おまえが会ったのは、そのお人だよ」


 ぼくは手の中のダカット金貨を見つめた。髪を結い上げ、王冠を戴いた女性の横顔が刻まれた硬貨を。


「……あ」


 ぼくの口から、かすれた声がもれた。いくら金貨に縁のない人生を送ってきたぼくでも、そこに刻まれた人物が誰なのかは知っていた。在位三十年を超える君主、この国の守護者たるその女性は──


「女王陛下……」


 ひゅっとぼくの喉が鳴った。同時に顔から血の気が引く。黒いヴェールで顔を隠したご婦人に、ぼくはなんて態度をとってしまったのだろう。いったいどれだけの暴言を、あの高貴なご婦人に投げつけてしまったことか!


「大丈夫だよ、ルカ君」


 がたがた震えだしたぼくの肩を、先生がかるくたたいた。


「何も気にすることはない。相手は神でも怪物でもない、ただの人間だ。むやみに恐れ入ることはないさ」

「おまえのその常識が万人に通じると思うなよ、アーサー」


 先生に苦言を呈してから、ダリルさんは「それで?」とつづけた。


「どうする。いまさら園遊会という気分でもないだろう。このまま家まで送っていくか?」

「いや」


 先生は首を横にふった。


「本家へ遣ってくれ。ここまで舐めた真似をしてくれたんだ。あちらにも相応の報いをくれてやるとしよう。すみやかに、徹底的にね」


 口元に薄い笑みをたたえた先生は、頼もしくもあり、そしてちょっぴりおっかなくも見えた。


「……先生」


 ぼくはそろりと先生に問いかけた。


「もしかして、ちょっと怒ってます?」

「わたしが? まさか」


 訊くんじゃなかった、と思ったが、時すでに遅かった。視界の隅に、歯痛をこらえるような顔つきのダリルさんが映る。


「わたしはね、ルカ君──」


 顔に笑みをはりつかせたまま、先生はゆっくりと告げた。


「ものすごく怒っているんだよ」





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