表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の幻術師  作者: いろは
第三章
28/90

第27話 ぼくの自慢の

 ぼくと先生を乗せた馬車は、街はずれに立つ大きなお屋敷の前で止まった。より正確に言えば、屋敷の門からあふれる馬車の列に行く手をはばまれたのだ。


 おそらく、他の招待客たちが一斉にやってきたせいだろう。チェンバース邸の門前は、いずれも豪奢な二頭立て、あるいは四頭立ての馬車でひどく混み合っていた。


「だめだな、これは」


 外を見た先生は、すぐに扉を開けた。


「おいで、ルカ君。歩いたほうが早い」


 身軽に馬車から降りた先生を、ぼくも眼鏡をかけて追いかけた。馬車の間を進むぼくたちに、場の視線が集中するのがわかったが、それを恥ずかしいとは思わなかった。むしろ、先生と歩くのが得意でたまらなかったくらいだ。


 ぼくが自慢することでもないのだが、正装した先生は、それはそれは格好良かった。背が高く、手足の長い先生に黒い礼服が似合うのはもちろんのこと、先生の身ごなし、立ち振る舞いの一つ一つが、不思議と人目を引いてやまなかったのだ。


 誰が何と言おうと、とぼくはひそかに思ったものだ。今日の招待客の中で、いちばん格好良いのは先生に決まっている、と。


「これは、アーサー様」


 ぼくらが玄関前にたどり着いたところで、年配の紳士が足早に歩み寄ってきた。


「お帰りなさいませ」

「やあ、グラハム」


 雰囲気からして屋敷の執事とおぼしきグラハム氏の丁重な挨拶にも、それに親し気に応じる先生にも、ぼくはいまさら驚かなかった。


 チェンバース姓を名乗るダリルさんと先生が従兄弟いとこ同士であること。先生がチェンバース卿と呼んだあの紳士と、先生の声がひどく似通っていたこと。それらに先生とダリルさんの会話の断片をつなぎ合わせれば、自然と浮かび上がってくる仮説があった。


 そう、おそらく、あの闇色の紳士と先生は血縁、それもひどく近しい間柄なのだろう。たとえば、実の父子おやこのような。


「久しぶりだね。足の調子は、その後どうだい」

「おかげさまで、最近はだいぶよい具合でございます。アーサー様もお変わりなく……」


 グラハム氏はそこでぼくに目を落とした。謹厳そうな口元が、ほんの少しほころんだように見えたが、すぐに元通り引き結ばれた。


「このまま庭にまわっていいのかな」

「いえ、アーサー様におかれましては、先に書斎へお越しいただきたいと、旦那様が」

「そうきたか」


 先生はうんざりしたように天を仰いだ。


「それで、この子は?」

「お連れ様は別室でお待ちいただきようにと。ご案内しますのでどうぞこちらへ」


 グラハム氏の後ろで、従僕姿の男の人が一礼した。


「仕方ない。ルカ君、ご馳走はしばらくお預けだ。面倒事は先に片づけて、あとでゆっくり楽しむとしよう」


 はい先生、とうなずいて、ぼくらはいったん別れた。従僕の男の人に案内され、ぼくは広い玄関ホールを抜けた。廊下の角いくつか曲がり、その人が開けてくれた扉の向こうへ足を踏み入れたところで──


「えっ……」


 誰かがぼくの身体を横から抱き込んだ。とっさに抵抗しかけたぼくの口に、湿った布が当てられる。つんとした刺激臭に頭の奥が痺れる。ぐにゃりと視界がゆがみ、手足から力が抜ける。


 ──先生。


 意識を失う直前、まぶたの裏で金色の光がまたたいた。風にあおられる炎のように、その灯りはふっとゆらいで闇に溶けた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ