第27話 ぼくの自慢の
ぼくと先生を乗せた馬車は、街はずれに立つ大きなお屋敷の前で止まった。より正確に言えば、屋敷の門からあふれる馬車の列に行く手を阻まれたのだ。
おそらく、他の招待客たちが一斉にやってきたせいだろう。チェンバース邸の門前は、いずれも豪奢な二頭立て、あるいは四頭立ての馬車でひどく混み合っていた。
「だめだな、これは」
外を見た先生は、すぐに扉を開けた。
「おいで、ルカ君。歩いたほうが早い」
身軽に馬車から降りた先生を、ぼくも眼鏡をかけて追いかけた。馬車の間を進むぼくたちに、場の視線が集中するのがわかったが、それを恥ずかしいとは思わなかった。むしろ、先生と歩くのが得意でたまらなかったくらいだ。
ぼくが自慢することでもないのだが、正装した先生は、それはそれは格好良かった。背が高く、手足の長い先生に黒い礼服が似合うのはもちろんのこと、先生の身ごなし、立ち振る舞いの一つ一つが、不思議と人目を引いてやまなかったのだ。
誰が何と言おうと、とぼくはひそかに思ったものだ。今日の招待客の中で、いちばん格好良いのは先生に決まっている、と。
「これは、アーサー様」
ぼくらが玄関前にたどり着いたところで、年配の紳士が足早に歩み寄ってきた。
「お帰りなさいませ」
「やあ、グラハム」
雰囲気からして屋敷の執事と思しきグラハム氏の丁重な挨拶にも、それに親し気に応じる先生にも、ぼくはいまさら驚かなかった。
チェンバース姓を名乗るダリルさんと先生が従兄弟同士であること。先生がチェンバース卿と呼んだあの紳士と、先生の声がひどく似通っていたこと。それらに先生とダリルさんの会話の断片をつなぎ合わせれば、自然と浮かび上がってくる仮説があった。
そう、おそらく、あの闇色の紳士と先生は血縁、それもひどく近しい間柄なのだろう。たとえば、実の父子のような。
「久しぶりだね。足の調子は、その後どうだい」
「おかげさまで、最近はだいぶよい具合でございます。アーサー様もお変わりなく……」
グラハム氏はそこでぼくに目を落とした。謹厳そうな口元が、ほんの少しほころんだように見えたが、すぐに元通り引き結ばれた。
「このまま庭にまわっていいのかな」
「いえ、アーサー様におかれましては、先に書斎へお越しいただきたいと、旦那様が」
「そうきたか」
先生はうんざりしたように天を仰いだ。
「それで、この子は?」
「お連れ様は別室でお待ちいただきようにと。ご案内しますのでどうぞこちらへ」
グラハム氏の後ろで、従僕姿の男の人が一礼した。
「仕方ない。ルカ君、ご馳走はしばらくお預けだ。面倒事は先に片づけて、あとでゆっくり楽しむとしよう」
はい先生、とうなずいて、ぼくらはいったん別れた。従僕の男の人に案内され、ぼくは広い玄関ホールを抜けた。廊下の角いくつか曲がり、その人が開けてくれた扉の向こうへ足を踏み入れたところで──
「えっ……」
誰かがぼくの身体を横から抱き込んだ。とっさに抵抗しかけたぼくの口に、湿った布が当てられる。つんとした刺激臭に頭の奥が痺れる。ぐにゃりと視界がゆがみ、手足から力が抜ける。
──先生。
意識を失う直前、まぶたの裏で金色の光がまたたいた。風にあおられる炎のように、その灯りはふっとゆらいで闇に溶けた。




