第23話 それなりの武装
「それで、本題だが」
ケーキがあらかた食べつくされたところで、ダリルさんは一通の手紙を先生にさしだした。
「おまえ宛てだ。アーサー」
先生はあからさまに顔をしかめて手紙を受けとり、目の前にかざした。
「まさか本当によこしてくるとはね」
「おまえ、何を言ったんだ。おかげでおれはいい迷惑だぞ。使い走りなんぞさせられて」
「嫌なら断ればいいだろう」
「できるか」
吐き捨てるように言ったダリルさんに、先生は皮肉っぽい、しかしどこか憐れむような一瞥をくれ、ケーキ用のナイフで封を切った。
「なんだって?」
紙面に目を走らせる先生に、ダリルさんが熱のない問いを投げる。聞かなくても内容はわかっているといったふうに。だからだろう。先生はダリルさんではなく、ぼくに手紙をさしだした。
「どうかな、ルカ君」
手紙をのぞきこんだぼくの目に、流麗な筆致の文字が飛びこんできた。
──きたる六月の十日、チェンバース邸にて園遊会を催します。同伴者をお連れのうえ、ぜひご出席を……
「行ってみるかい? ルカ君。たいしておもしろくもない集まりだが、少なくともご馳走にはありつけるだろうよ」
「なんだ、行くのか」
ぼくが答えるより先に、ダリルさんが意外そうな声をあげた。
「てっきり断るものだと思っていたがな。おまえ、この手のものは嫌いだろう」
「気が進まないのは確かだけどね、これを断っても、またすぐ別の招待がよこされるんだろう。そのたびにきみに押しかけられても迷惑だから、一度で片をつけてこようと思ってね」
「ああ、ぜひそうしてくれ」
頬をひくつかせるダリルさんが、ぼくはなんだか気の毒になってしまった。はじめこそ少しおっかない印象があったものの、この赤毛の紳士が悪い人じゃないってことは、ぼくにもちゃんとわかっていた。先生の従弟で、こんなに綺麗な「色」の持ち主が、悪い人のはずないじゃないか。
「というわけで、ルカ君、来月の予定は空けておいてくれないか」
「わかりました」
半月以上も先の予定を空けておくなど造作もないことなので、ぼくはすぐにうなずいた。そもそも、ぼくの予定なんて最初からあって無いようなものだ。園遊会というのが実際どんなものなのかは、正直なところよくわからなかったが、先生と一緒の外出なら何だって大歓迎だった。それに、先生がさっき言っていた「ご馳走」もかなり気になっていたことだし。
「まあ、せいぜい気を張って行くんだな。連中、手ぐすね引いておまえたちを待っているだろうよ」
負け惜しみのようなダリルさんの台詞にも、先生はまるで表情を変えなかった。ダリルさんが次の言葉を発するまでは。
「それと、そっちの坊主に着せる服はあるんだろうな」
これには先生だけでなく、ぼくもきょとんとした。そろって首をかしげる先生とぼくを前に、ダリルさんは苛立ちもあらわに赤い髪をかきまわした。
「本家の園遊会だぞ。それなりの格好をさせないとまずいだろうが」
「ルカ君はいつもちゃんとした格好だがね。それに、服装で他人の価値をはかるような輩とつき合う気はないよ」
「おまえが相手をしに行くのはそういう輩なんだよ。敵の出方を知っていて最低限の武装も整えないのは、ただの怠慢だぞ」
「きみはいちいち言うことが大げさだな」
「やかましい。とにかく、恥をかきたきゃ一人でかけ。連れに肩身の狭い思いをさせるんじゃない」
「……まいったな。言い返せない」
苦笑を浮かべる先生をにらみつけて、ダリルさんはぼくの腕をつかんで立ち上がった。
「鉄は熱いうちに、だ。行くぞ」
「え……?」
話の流れについていけず、助けをもとめてふりむいたぼくに、先生は優雅に手をふった。
「気をつけて行っておいで、ルカ君」
だからどこへ、と確かめる暇もなく、ぼくはダリルさんに居間から引きずりだされた。
夕飯までには帰ってくるんだよ、という先生の声を背中で聞きながら階段を降りたところで、ぼくはおそるおそるダリルさんに声をかけた。
「……あの、どこへ行くんですか」
「なんだ、今の話を聞いていなかったのか」
聞いていたけどわかりませんでした、と間抜けな告白をするぼくに、ダリルさんはふんと鼻を鳴らして玄関の扉を開けた。
「半人前の小僧をいっぱしの紳士に仕立てに行くんだよ。見た目だけでもな」
扉の向こうでは豪奢な二頭立ての馬車がぼくらを待っていた。見慣れたキャリガン氏の馬車とは違う、艶めかしい黒塗りの馬車に、ぼくはとあるおとぎ話を思い出した。働き者の女の子が魔女の力でお姫様の姿になって、魔法の馬車でお城の舞踏会に……
「早くしろ、ルカ坊」
ぼんやりと空想にふけっていたぼくは、ダリルさんの声で現実に引き戻された。
かくしてお姫様ならぬ半人前の小僧は、赤毛の大男に急かされて、行き先不明の馬車に乗り込んだのだった。




