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黄昏の幻術師  作者: いろは
第二章
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第20話 扉の鍵の番人たち

「悪かったね」


 キャリガン氏の馬車に乗り込むなり、先生はシルクハットをとって白い髪をかきまわした。


「嫌な思いをさせてしまったようだ」

「いえ……」


 ちっとも、と言えば嘘になった。だけど、ぼくより先生のほうがよほど嫌な気持ちだっただろう。誰かを強い言葉で切りつけるとき、それは同時に自分の身も削るものだ。たとえその「誰か」をどんなにうとんじていたとしても。


「先生こそ大丈夫ですか」


 馬車が走り出してから、ぼくはそうっと訊ねてみた。座席に身を沈める先生の肩が、心なしかいつもより下がって見えたので。


「大丈夫だよ」


 白い髪の間から微笑まれて、ぼくは問いかけのまずさに気づいた。ぼくみたいな子どもに大丈夫かと訊かれたら、そうだと答える以外ないだろう。おまけに先生の「大丈夫」は、ぼくには柔らかな拒絶のようにも聞こえた。大丈夫だから、これ以上は踏み込んでくれるな、という。


 だけど、そのときのぼくは、先生にどうしても確かめたいことがあった。あの紳士の正体や先生との関係も気になって仕方なかったが、何より知りたかったのは、ぼく自身に関わることだった。チェンバース卿と呼ばれた紳士が口にした、あの──


「“鍵番かぎばん”というのはね」


 一瞬、ぼくは自分の心の声がもれてしまったのかと思った。先生に先を越されたぼくは、ずいぶん間抜けな顔をしていたに違いない。先生は小さく噴き出して、組んだ手の甲にあごをのせた。


「わたしの一族の間の符牒だよ。文字通り、鍵を管理する役割の者のことだ。いまはわたしが持っているから、わたしが“鍵番”だね。きみは一応わたしの弟子ということになっているから、皆は当然きみが次の“鍵番”だと考えるだろう」


 先生の一族。そこには先ほどの紳士も含まれているのだろうか。そう思ったぼくの前で、先生は「そうだよ」とうなずいた。どうも、ぼくは考えていることが顔に出る性質たちらしい。それか、先生が読心術に通じているかのどちらかだ。


「あの男は一族の長老格でね。ついでに言うと、先代の“鍵番”でもある」

「じゃあ、あの人が先生の先生なんですか」


 思わず口走ったぼくは、めずらしいものを見ることになった。ものすごく不味いものを口に入れてしまったような先生の顔を。


「その言い方はあまりぞっとしないな」


 心底嫌そうに頬をなでる先生に、ぼくは「すみません」と謝った。ちょっとおもしろいな、と思った気持ちは表に出さないように気をつけて。


「まあ、しばらくその眼鏡は手放さないほうがいいだろうね。いつまたあれが現れるかわからないから」


 おそらく、とぼくは考えた。先生に「あれ」呼ばわりされてしまった紳士が、先生がいつか語ってくれた、余命いくばくもないという人なのだろうと。触れるものすべてを闇色に染めるようなあの「色」は、ぼくに死というものを連想させるに十分だった。


「先生」


 眼鏡を上着のポケットにおさめて、ぼくは先生に訊ねた。


「鍵って、なんの鍵ですか」

「さて、なんだと思う?」


 ちょっぴり意地の悪い笑みとともに、先生はぼくに訊ね返す。謎かけなら受けて立とうと、ぼくは勇んで口を開いた。


「金庫ですか」

「きみ、わたしが金勘定にけているように見えるのかい」


 出会って間もない子どものために十ダカット入りの財布を放った過去を持つ先生は、組んだひざに頬杖をついて首をかしげた。


「じゃあ銀器保管庫パントリーとか」

「執事に転職した覚えはないが」

「すごく上等なワインの貯蔵庫セラー?」

「そんな鍵を任されて誘惑に打ち勝つ自信はない」


 ああだこうだと言い合っているうちに、ぼくはなんだかおかしくなってきて、しまいに先生と二人で笑いだしてしまった。


「大事な扉の鍵だ。いつかきみにもわかるよ」


 ひとしきり笑うと、今度は急にまぶたが重くなってきた。軽快な馬車の振動が、ぼくを眠りの国へ連れていく。


「だから今はおやすみ、ルカ君」


 閉じたまぶたの奥で極彩の鳥と炎が踊り、七色の虹から金貨の雨が降りそそぐ。大事な大事な扉の鍵。歌うような声が頭の中でこだまし、ぼくはそのまま心地よい微睡まどろみに身をゆだねた。


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