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黄昏の幻術師  作者: いろは
番外編 師弟の3分クッキング
101/102

2 min

 まずはこれを、と弟子が指さしたのは、かごいっぱいの卵の山だった。


「割れるようになるのが目標です」

「目標が低すぎると思うんだが」


 口ではそう言ったものの、三回連続で黄身を潰した今となっては、先ほどの強がりもむなしい限りだった。


「なんででしょうね」


 鉢の中の卵液から殻をすくいとりながら、わたしの弟子──この日ばかりはわたしの師匠──は首をかしげた。


「先生、手先は器用なのに」

「器用さにも方向性というものがあるんだよ、たぶん」


 ルカ君がどこかから引っぱりだしてきたエプロンで指をぬぐい、わたしは説得力のない言い訳を口にした。


「あとは、もしかしたら無意識に怖がっているのかもしれないな」

「怖いって」


 四個目の卵にのばしかけた少年の手がとまる。


「卵がですか?」

「そう。昔ね、グレンシャムで卵を……ちょっと待ってくれ。これを聞いたら、きみも卵が割れなくなるんじゃないかな」

「ここまで聞いちゃったらもう遅いですよ」


 口をとがらせたルカ君に「悪いね」と断って、わたしは話の先をつづけた。


「子どもの頃の話なんだが、グレンシャムの屋敷の厨房にもぐりこんで……」


 屋敷の料理人の真似をして、フライパンに卵を割り入れてみたら──


「雛が出てきた。孵化する前の」


 どろりと零れ落ちた生命のかたまりに、思わず声をあげてしまったことを覚えている。熱いフライパンにじゅうと肉が焦げ、幼かったわたしは自身の罪深い行為に震えたものだったが、


「ああ、そういうことってありますよね」


 あっさりと、養い子の少年はわたしの罪悪感を蹴飛ばしてみせた。


「あのへんの鶏、放し飼いですもんね。だからかなあ。あそこの卵、すっごく美味しいですよね」

「……ルカ君、きみ平気なのかい」

「何がです? だって、そんなのよくあることでしょう。卵なんですから」


 はい先生、と無邪気な笑顔で少年は新たな卵を手渡してくる。


「次いきましょう。大丈夫。だんだん上手くなってますよ」

「……どうもありがとう」


 優しくも容赦のない師匠の手ほどきにより、七個目にしてようやく無傷の黄身が鉢の中にとぷんと落ちた。


「やりましたね、先生」


 我がことのように手をたたく少年の姿は微笑ましかったが、喜んでばかりもいられなかった。


「ところでルカ君、これはどうしたらいいだろう」


 鉢の中の、半壊状態の卵たちは。


「焼きますか」

「ちょっと多くないかい」

「たしかに……」


 小さな師匠は腕を組んで考えこみ、ほどなく「そうだ」と顔をあげた。


「いいこと思いつきました」



 


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