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命の標本  作者: 柳 凪央
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命の標本 第1章

● 執筆のきっかけ


この物語を書こうと思ったきっかけは、「晴れた日」に起きる“違和感”に気づいた瞬間でした。


ふとニュースで目にしたある医療事故の報道。穏やかな天気の中で語られる“死”の事実に、なぜか強烈な不自然さを感じました。

「どうして、誰も怒っていないんだろう」

そう思ったのが始まりです。


また、綾辻行人さんの『十角館の殺人』や東野圭吾さんの『沈黙のパレード』といったミステリー作品から受けた衝撃と、現実のニュース記事、そして医療制度に対する漠然とした不安や疑問が、この物語の骨格を形づくるきっかけとなりました。



●テーマとメッセージ


この作品が描こうとしたのは、「命はいつから“数字”になるのか」という問いです。


現代社会では、人の死が統計や報告書の中で“処理される”ことが当たり前になっています。

誰かが亡くなっても、それは“データ”として片づけられる。

そんな風潮に対して、どうしても違和感を覚えました。


物語の中では、医療の正義と倫理の歪みを描きながらも、“誰かの命が、たった一つの番号にすり替えられてしまう瞬間”を追っています。

読者の皆さんには、この物語を通して、「見えなくされた真実」に触れたときの感情や疑問を、心のどこかに持っていてもらえたら嬉しいです。



●読み方と構成について


本作は、時系列が完全に一方向では進みません。

章によっては「過去に何があったのか」が唐突に明かされるような構成になっています。これは、“真実が断片的にしか手に入らない”という登場人物たちの視点を、読者にも共有してほしかったからです。


また、一部の章では複数の人物の視点が交差する予定です

「これは誰の目線で描かれているのか?」ということを意識して読むことで、物語の奥に隠された真意に気づけるはずです。



●感謝を込めて


この作品は、私一人の力では完成しません


構成やキャラクターに悩んだとき、物語の中で苦しむ登場人物たちの声を整理してくれた友人、アイデアを一緒に形にしてくれた人たちに、深く感謝しています。


そして、この物語を手に取ってくださったあなたへ。

読んでくれて、本当にありがとうございます。

あなたの“読み取る力”が、この物語に命を与えてくれます。


 


それでは、始めましょう。

“それは、晴れた日だった。”

──何もかもが、疑いようもなく、綺麗すぎるほどに。

それは晴れた日だった。


雲ひとつない空を見上げながら、朝倉真琴は白衣の胸元を正した。

今日から、彼女は都心の大学附属病院で臨床実習を受ける。獣医学生として、人間の医療現場に触れるこのカリキュラムは、毎年選抜された数名だけに与えられる名誉だった。


けれど、真琴の胸の奥にあるのは期待よりも、どこかざらついた不安だった。


「緊張してる?」


横から声をかけてきたのは、親友の神楽坂楓だった。彼女は真琴よりも少し背が高く、短めのボブカットがよく似合っていた。


「うん、ちょっとね」


「そりゃそうか。動物と違って、人間相手ってなると……」


「違うの。そうじゃないんだ」


「……?」


真琴は、かすかに口を閉じた。説明するには、まだ時間が早すぎる。ここには語るべきことが多すぎて、どこから始めればいいのか分からなかった。


10年前、彼女の愛犬・リクは、避けられたはずの医療事故で命を落とした。

動物だから、という理由で詳細な調査も行われず、病院は謝罪もしなかった。


それが、真琴が獣医を目指したきっかけだった。

“人間と動物の間にある命の重さの壁”を壊すために。



大学病院の中央棟は、想像していたよりもずっと無機質だった。灰色のタイル張りの床、機械的に動く自動ドア、空気に混じる消毒液の匂い。


案内されたのは第八研究ブロック――臨床と研究の両方を行うハイブリッド部署だった。応対したのは内科医の村井英俊。白衣の下に落ち着いた青のシャツを着こなし、言葉遣いも丁寧だったが、どこか表情が固い印象を受けた。


「君たちは、動物実験の知識があるということで特別に許可されたグループだ。だが、ここでは“人間”の命を扱う。気を引き締めてほしい」


「はい」と真琴たちは答えた。


村井は扉の奥を開けた。そこには、さまざまな研究用の装置やモニターが並んでおり、臨床試験用の個室まで整備されていた。


ふと、真琴はその一角に貼られた掲示物に目を留めた。


「被験者番号 0413:処置完了、観察継続」


機械的な番号処理にしては、どこか引っかかる表現だった。

「観察継続」――何を? どういう意味で?



昼休み、真琴は好奇心と疑問にかられ、こっそり一人で研究ブロックの図書室に向かった。実験記録が保管されている資料棚に、運良くアクセスキーが差し込まれていた。


「……ちょっとだけ」


彼女はファイルを数冊引き出した。どれも症例ごとの処置・経過報告書だったが、その中に一つ、違和感のある記録があった。


「0413…またこの番号」


中身は異様だった。


・被験者の反応:遅延性痙攣

・使用薬剤:非公開コードY7-A

・適用理由:「非標準臨床応用」

・モルモット使用記録:同日、同様の症状確認


「……人と動物、同じ薬を?」


それは倫理委員会を通過した正式な治験ではありえない内容だった。

だが、その薬剤コードは確かにあった。


そのとき、背後から声がした。


「……君、勝手に何してるの?」


振り返ると、そこには白根教授が立っていた。動物実験の統括者であり、真琴たちの実習を監督する人物でもある。


「資料を……探していて……」


「立ち入りは禁止のはずだが」


冷たい視線に、真琴は資料を閉じて差し戻した。白根は一言も言わず、そのまま踵を返して去っていった。



その夜、真琴のスマホに一通のメールが届く。

差出人は不明。件名は空白。


添付ファイルには、ある男性研究者のカルテと、転落死の報道記事が並んでいた。


「まさか……」


翌日、その研究者が0413番の症例を担当していたことが発覚する。

そして死因は「業務上の疲労による転倒」とされ、既に事故処理が進んでいた。


だが、彼は事故の2日前、メモを残していたという。


「あの症例は“ヒト”ではない」


好評でしたら第2章を執筆する予定です。

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