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9話 心の置き場


「――ヴィンセント」


 彼から話を一通り聞かせてもらい、どんな経緯で自分を助けてくれたのか…

 おおよそ理解することが出来た。


 まさかこの会ったこともない青年が、実は自分と同じように『呪い』なる不思議な力のせいで酷い目に遭っていたなんて。


 何と言う運命の巡り合わせであろうか。


「貴方…私が、レスターを助けたことを”凄い”と褒めてくれましたね」


「そうですね。

 自分の命さえ危険に晒そうと悪意を持って接する相手を、反射的に庇われたのでしょう?

 私にはとても信じられませんでした」


「…咄嗟のことでしたし、私はどういう扱いを受けようが、ホルン王国の公爵家の人間です。

 王族を身を挺して庇わない貴族など、いましょうか」


「いくらでもいると思いますけど」


 ヴィンセントは、こちらに聞こえないようにボソッと呟いた。

 大きな声で肯定するなんて不敬罪も当然だから、そういう反応にもなるか。


「私の場合は、立場もそうですし。

 何よりレスターとの思い出が沢山あって、『何かの間違いだ』という想いが強かったからです。

 どんな仕打ちを受けようが、それだけで彼らへの想いが消え去るものではありませんでした」


 実際、信じがたい何かの間違いが生じていたのだから開いた口が塞がらない状態だけれど。


「……でも、今…

 私は、自分の気持ちが大きく揺らぎます。

 どうしたらいいのか分からず、苦しいのです」

 

「一体何がそのようにお辛いのです?

 貴女はもう、王子を始め周囲の方々に酷いことをされることもないのです」


「………。

 一度と言わず、二年の間に数えきれないほど私は心無い扱いを受けました。

 ええ、分かっています。

 それは彼らの意思でも罪でもなかった、と」


 堰を切ったように、マリーシアの口から言葉が溢れ出る。

 これ以上言葉にするのは駄目だと思い、胸元に手を当てて押しとどめようとするがそれが止まらないのだ。


 程度は違えども。

 かつて「呪い」によって人生を歪まされた相手だから――

 彼にしか分かってもらないのではないかと思った。


「レスターを信じさせて欲しい、そう伝えたことは全て本心です。

 …それなのに…

 彼らの後悔や謝罪の言葉を、完全に受け入れるのを躊躇ってしまう自分がイヤです。

 この心をどこに置いておけばいいのか、わからないのです」


 悪気がない事故のことをいつまでも責めるなんて、なんて狭量な人間だ。

 彼らは後悔している。

 勝手に心を操られ、最悪な行動をさせられた『被害者』はレスターやアルフレッド、エリスや家族なのだと思う。


 少なくとも自分(マリーシア)は自分のまま、自分が正しいと思える行動を全うできたのだから。


 それすら赦されなかった彼らに罪があるわけがない。

 彼らは「元に戻った」だけなのだ。

 この二年は、ただの悪夢…


 呪いが解けた事を祝し、自分の忍耐を褒め、彼らを受け入れる――それが当たり前だと理性では分かっているのに、その時々の気持ちに振り回されて自分の気持ちが分からなくなる。


 一体彼らにどうしろというのだ。


「この気持ちは、どうすればいいのでしょう。

 何故、こんな恵まれた状況でも蟠ってしまうのか、自分が情けなくて」


「まぁ、それは仕方ないでしょう」


 ヴィンセントは薄く微笑んだまま「うんうん」と頷いている。


「信じていた相手に裏切られて「はいそうですか」と、単純に掌返しされて信用されるかと言われると難しいのは人として当然かと。

 

 ――想定外の事態で若干の溝が生じたとは言え、マリーシア様も皆様も、まだまだお若い。

 人生はこれからです。

 新しい関係を築かれれば宜しいではないですか。

 無理に元通りになる必要がどこにあるでしょう」


「若い…?

 貴方だって同い年くらいでは?」


「これでも20は越えているのですが」


 やはり同年代じゃないか…と思うが、マリーシアは少しだけ彼の言葉に勇気づけられた気がした。


「貴女のご心配は分かります。

 『また彼らに裏切られたらどうしよう』と恐れているのですよね」


「そ、そうです…」


 あんな顔をしているレスター達に「また裏切って酷いことを言うんじゃないか」と疑いの視線を向けることは、彼らを責めて追い詰めることになる。


 信じたい。

 信じなければ。


「あの方たちが同じようなことをしでかさないよう、私の力が求められているのです。

 どうか――王子を信じてあげてください。


 もし今後あの方が貴女を裏切るようなことがあるなら、それは私の責任です。

 私が『呪い』を防げなかったせい、そう思えば少し心が軽くなりませんか?」


「ヴィンセント…」


 こんな大掛かりな呪いなんてものが再現されることがあってはいけない。

 だけど責任の逃げ道を敢えて作ってくれたヴィンセントは、近寄りがたい外見とは違って凄くイイ人なのではないだろうか。


「先日も申し上げました通り、同様の事が起きる可能性はないと思いますけれど」


「私を呪った人間は、既に亡くなっているという見立てでしたね?」


「仰る通り。

 人間の感情を操る、それも複数など魔族クラスの力が必要でしょう。

 たかが人間が、そんな力を行使できたとして――何を代償に捧げないといけないのでしょう。今なお命があるなら、もうそれは人間を辞めてるという規模のお話になりますが」


 ――命がけでも、マリーシアを苦しめてやろうとした人間がいたということに変わりはない。


「何故私はそこまで…呪いをかけられるほど恨まれたのでしょう」


「気になりますか?」


「勿論です」


 思わず前のめりになってしまう。

 もしも体が健康体なら、直接彼に詰め寄りに行きたいくらいだ。


「呪いをかけた張本人が分かれば、私が恨まれる理由も分かると思うのです。

 もしも私に重大な瑕疵があった場合、またレスターたちを巻き込む事態になったらどうします?

 それこそ、呪いとは無関係に、大きな事件が生じたら?

 ――私も後悔しかありません。


 誰が呪いをかけた方なのか、調べることはできませんか?」


「もう二年以上前の話、マリーシア様の望まれる情報が得られるとは思えませんね…

 私も皆様にお話をお伺いしましたが、マリーシア様がそこまで恨まれていたこと自体、信じがたいと感じましたし」


「私の知らないところで、重大な失敗をして命を狙われた…

 国同士の問題に発展するような失態だったのかもしれません。

 それとも何か魔獣か何かの封印を解いてしまった?」


 自分の貧困な想像力では、どんな事件に発展するものなのか予想もつかないのだけど。


「マリーシア様、ご自身のお立場をお分かりですか?」


 するとヴィンセントは、呆れたように肩を竦める。


「貴女はホルン王国レスター王子の婚約者ですよ?

 名誉や地位、風評、経歴――貴女に対するありとあらゆる調査が行われたことは確実。

 王家から見ても嫁ぐに足ると認められた婚約者なのです。


 それなのに自分の瑕疵を疑うなど、王家の調査に落ち度があったと公言するようなもの。

 おかしな妄想は、慎まれた方が宜しいかと」


「は、はい…」


 ヴィンセントの冷静な一言に、マリーシアは顔がカッと紅潮する。

 恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆ってしまった。


 そうか…もしも自分がそこまで他人に恨まれるような脛に傷持つ身だったら、そもそもレスターと婚約が成立するはずがない。

 国益にならない相手と結婚させるほど、国王陛下だって耄碌しているはずがなく…


「自分の咎を見つけようなど、殊勝な心掛けでしょう。

 が、王家を信用していない行為ともとられますよ。

 身に覚えもなければ、客観的視点で調べ上げても恨みの対象になっていない…

 ならば、逆恨みも同然と納得できませんか?」


「……。」


「不満そうな顔ですね」


 頬を膨らませているのがバレてしまい、マリーシアは慌てて両手を振った。


「いえ、そのようなこと。

 …ええと、納得は…できるような、できないような…」


 ヴィンセントは細く長い吐息を床に落とす。


「…マリーシア様。

 貴女はレスター王子を信じ、皆様の好意を信じ…

 その愛情を素直に受け入れて幸せになればよいのです。

 折角『呪い』が解けたというのに、かつての絆が崩壊してしまったとなれば、私も大変後味が悪く感じます。


 …呪いに関わった方々が、幸せになる姿を私に見せてください」


 ヴィンセントは至極真面目な表情で、驚くべきことを口の端に乗せる。


 彼が呪いの研究をしているのは、その悪意に打ち克つ方法を見つけるためだと言った。


 ――ヴィンセントは自分を虐げた町が全滅したという過去を持つ。

 自分がいれば助けられたのではないか…でも、そんな義理もないじゃないか、と。

 マリーシアの想像できない負荷を抱えているに違いない。


 解呪の研究は、彼の罪悪感ゆえの行動なのだろうな。

 呪いが解けても、結局人は不幸になってしまうというのは「敗北」と同義なのかも?


「あ…ありがとうございます。

 まさか初対面に等しいヴィンセントに、そこまで励ましていただけるとは驚きです」


「いえ、私もレスター王子のお気持ちをお聞きして、胸が塞ぐ想いです。

 私に出来ることは、呪いの兆候がないか探るのみです」





「そう言えば…ヴィンセント。

 一体どうやって、呪いにかかったかどうかを確認するのです?」



 呪いの気配って何だろう。

 得体の知れない力でも、対処法があるなら是非教えて欲しいものだが……



 彼は薄く笑んだあと、口元に軽く握った手を添える。





「それは――ヒミツですよ。レディ・マリーシア」



 


(何それ。気になる…!)



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