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7話 手を繋いで


「じゃあ後は二人でごゆっくり…ってわけで、またな」


 アルフレッドは忙しい中、兄に捕まってしまったようで、少し会話を交わした後すぐに騎士団までとんぼ返りしてしまった。


 もし自分がアルフレッドみたいに騎士が出来る程の身体能力があったら、こんな怪我は負わなかっただろうし、二年間、執拗に味わった身体的な辛さもそれほど大きくなかったのでは。

 彼の精悍で筋肉質な体型を思い返し、「うーん」と唸ってしまう。


 ないものねだりだと言うのは分かっているが、幼い頃に護身術を習っていれば良かったと肩を落とす。

 でも自分が死にかける怪我を負わなければ、皆にかかっていた呪いが解けなかったと考えると――


 この怪我は名誉の勲章?


「レスター、貴方も戻られた方が良いのでは?」


 部屋に残ったレスターに、ついそう声をかけてしまう。


 アルフレッドが忙しいなら、レスターもそうだろうと自然に考えただけなのに。

 レスターは、若干ショックを受けたような表情で、寝台の端に腰を下ろした。


「今の私に、君より重要なことがあるものか。

 …しょうがないこととは言え、やはり辛いものだね」


 今までレスターと会っていた時は、彼がいつまで傍にいてくれるのかずっと気にしていた。

 少しでも長い時間、一緒にいられることがささやかな楽しみであった…と記憶している。


 すぐにでも離れたいというニュアンスに受け止められてしまったのだろうか?

 マリーシアは大いに慌てた。


「申し訳ないです、レスター」


「いや、違う、謝らないで欲しい。

 逆の立場だったら、ある日を境に急に態度を変えた相手を簡単に信用できるわけがない。

 悪意に取り付かれていたとは言え、私達は自分の意思で君を傷つけた。

 …「呪い」を免罪符にするほど、私は愚かではないつもりだよ」


「私はレスター達が、正気に戻ってくれて本当に嬉しいです。

 安易に自分の立場を放棄して逃げ出さず、我慢を続けて良かったと自分で自分を褒めたいくらいですから。


 …でも、今が幸せだから、逆に怖いと思ってしまって…

 貴方たちを信じたいということだけは、伝えさせてください」


 自分の心の中の問題を、相手に解決してくれと投げつけるのは間違っている。

 だけど全部簡単に割り切れるような時間ではなかった。


 マリーシアは、座ったままこちらをじっと見つめているレスターに視線を向ける。

 彼の困ったような笑顔に、胸が痛んだ。


 反射的に、レスターの服の袖を両手で掴んでいた。



「信じさせてください。

 ――安心したいのです」



 仲良く過ごし、関係が元通りになった後…突然手のひらを返され、酷い言動や仕打ちを受けるのではないかとビクビクする。

 心の底では信じきれず、蟠りが残ってしまう。


 でも結局マリーシアは、この国以外に居場所が欲しいと思わないし。

 皆と一緒にいたいのだ。


 自分がいくら信じると決めたところで、どうにも埋まらない溝がある。

 だからレスターに縋るしかなった。


 相手が何を考えているかなんて、神ならぬマリーシアには知るすべがない。

 結局、表に出る言葉や行動を信じる他ないのだ。


「ああ、もちろんだ、マリーシア。

 一朝一夕で君の信用を得られるなんて、誰も考えていない。

 もう二度と私は君を裏切ったりしない」


 真剣な眼差しでそう断定されれば、マリーシアも頷くしかない。


「もしもあのようなふざけた呪いにかからないよう、ヴィンセントの協力を得られているのだから君は何も心配しなくていい」



「……あの、私の知らない間に、ヴィンセントと親しくなっているようですけれど。

 何故そこまで信頼を?」



 するとレスターはにこやかに微笑んだ。


「絶望の淵に立っていた私達を、救ってくれたからだよ。

 何より、彼の知識や力は、とても得難いものだ」


 呪いをかけた犯人、もしくはその理由を知るためにはヴィンセントの協力が必要だとマリーシアも思う。


 だけど彼とまだ初対面に等しいくらいの付き合いしかないマリーシアには、何故そこまで彼が信頼を得ているのかさっぱりわからない。

 だがその話になると彼は言葉を濁す。


 あまり触れて欲しくないらしい。


 今後のことを考えても、ヴィンセントと話をしておく必要があるなと改めて胸に留めておく。


「君はもう何も心配することはない。

 …信用を取り戻せるよう努めるしかない、君も私達に不信感を抱いたら…

 その時は正直に、心の裡を話して欲しい。

 私達を気遣って、我慢することはないんだよ」



 マリーシアは心の中で頭を抱えていた。

 ホルン王国の第一王子たるレスターに、自分は何故ここまで「言わせて」いるのだろうと。

 冷静にこの状況を上空から眺めていると、自分が凄く面倒くさい女性みたいに扱われている気がする!


 気持ちが乱高下する…


 ふとした時に、怖くなったり。

 だけど過剰に心を配られても、畏れ多くて背筋が凍りそうになるとか。



  ――なんて難儀な状況なんだ……



 相手の気持ちがクルッと手のひらを上下を返るように、変わってしまう。

 その恐怖を知っているせいで、今までのように素直に彼らの好意を受け容れられない自分が嫌で、でも彼らを責めるのも違うって分かってて。


 レスターの言葉一つ一つに、その内包された優しさに。

 マリーシアの心が大きく揺さぶられる。


 彼の後悔と愛情が伝わってくるから、自分が狭量なのではないかと一層悩んでしまうのだ。


「……。」


 服の袖口を抓むように持つマリーシアを眺めた後、レスターは声のトーンを一段階上げてマリーシアに声を掛けてくる。


「マリーシア、君は覚えているかな。

 私達が初めて手を繋いだ時の事」


「え? それは勿論、覚えています。

 初めての舞踏会で緊張ている私に、レスターが手を差し伸べてくれました」


 13歳の誕生日の翌月、お城の舞踏会に招待されて兄と一緒にお城に向かった。

 家で開催されるダンスパーティとは全く違う規模の舞踏会に、マリーシアはただただ圧倒されるだけだったのを思い出す。

 まだ彼らが悪意に蝕まれ、呪われていない時の話だけれど。


「いいや、それよりも前だよ」


 レスターは可笑しそうに眼を細めて、マリーシアに拘束されていない反対側の手を挙げて人差し指を立てる。


「君は私と同じ、人には言えない趣味を持っていたね?」


 予想もしない方向からの確認に、咄嗟に口が動かず思考が空転した。

 何とか記憶を総浚い。


「……えっ。

 もしかして…お忍びの話ですか?」


 もう10年も前の話を、今更会話の中心に置かれて、マリーシアは戸惑う。


「私達は何度か街で顔を合わせて、その都度『マリィ』『レイ』と愛称で呼び合ったよね」


「そうですね…レックス様が平民に窶して町を出歩かれていたのには驚きましした」


「私だって、公爵家のご令嬢が、平民の姿で買い食いをしていたのには吃驚したよ。

 一緒にいたアルもフィロも、勿論」


「後生ですから、あまり思い出させないでください。

 当時、本で読んでいたお忍びの冒険話が面白くて、一時的に夢中になっていただけで…」


 後に兄に知られ、しこたま叱られたのも勿論セットで覚えている。

 マリーシアを本気で心配してくれてのものだった。


 愛情があるかないかで、相手の叱責をどう受け止めるのか変わってしまうという好例だろう。


「ある時――私達を追いかけている衛兵がいて、追いかけっこの真っ最中だった。

 そんな時に『マリィ』と遭遇したものだから、一緒に逃げたね」


「はい、その後の事もよく覚えておりますよ。

 街の外壁を潜り抜けて、森を通って城の裏側まで移動して…

 大変な距離でしたね」


 こっそりと楽しんでいた趣味が、あの時レスター一行に会ってしまって大人に知られてしまったわけだ。

 まぁ、今となっては潮時だったと思えるのだけど。


「一緒に逃げる時、君が転びそうになったから手を掴んだ。

 ……握り返してくれた力の強さも、良く覚えているよ」


「そ、それまでカウントされるのですか…」


 勿論覚えているものの、大人たちに捕まらないように必死だったマリーシアは、どんな顔で走っていたかまで覚えていないし。

 また、王子についていくのがやっとで、手を離さないように必死に掴んでいたことばかり思い起こされる――



「二度目が、舞踏会だったね」


 それから後は、自然と一緒にいて、手を繋ぐようになって――



 マリーシアの指先から布の感触がスッと消える。

 寝台の上に投げ出された手のひらを彼がぎゅうっと握りしめる。



「……嫌かな」


 彼は少し恐々とした口調でこちらの反応を伺っている。





 マリーシアは返事の代わりに、彼の大きな掌を握り返した。



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