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6話 犯人って?


 少し落ち着いてきた。


 人間って本当に、順応性が高い生き物なんだなぁ、と感心せずにはいられない。

 この二年間に経験したことの多くが、悪夢を見ていたような感覚に陥っていくのだ。


 今が辛いわけでもないのに、延々と辛いことを考えているのは自分の性に合わないし。


「それにしても…退屈です」


 マリーシアは、窓の外で傾いている陽の光を眺めながら、肩を落とした。

 ヴィンセントが言っていたように、これでも怪我人だから大人しくするのが一番良いと分かっている。


 もしも自分に何かが起こってしまえば、身の回りの世話をしてくれるエマのせいになってしまうだろう。


 だからベッドの上でゴロゴロ横になっているわけだが…

 病気で伏せているのとは状況が違う、思考はクリアだ。


 そうなってくると、余計なことを考えてしまう。


 退屈が、今のマリーシアにとって大きな敵として立ちはだかっていた。



「マリーシア、調子はどうかな?」


「……レスター」


 まるでマリーシアの退屈などお見通しと言わんばかりに、煌めく笑顔で部屋を訪ねてきたのは王子のレスター。


「邪魔するぞー」


「アルも? ……え? お二人とも暇なんです?」


 そして彼の隣で数冊の本を抱えて控えているアルフレッドも同時に視界に入った。


「違う、そういうわけじゃない。

 ロイドさんに頼まれたんだよ」


 アルフレッドは若干げんなりした表情で、肩を落とす。

 それでも抱えている本は落とさないように、しっかり力を籠めていた。



「これ、お前のお気に入りの本なんだろ?」



 そう言ってアルフレッドは、サイドテーブルに持ってきた本を置く。

 見覚えのある背表紙に、マリーシアは体を起こして机に飛びついた。


「わぁ!

 『幻想館シリーズ』が揃ってますね…

 嘘、もう二度と読めないかと思っていました!」


 二人の存在を押しのけるように、一冊手に取ってパラパラと捲る。

 隣国アストリッドの有名な作家が書いた、所謂「ミステリー」もの本だ。公用文字が違うために、アストリッドの言語を必死に勉強していたのを思い出してしまった。


 今までお伽噺や英雄譚、もしくは恋愛小説くらいしか読んだことのないマリーシアにとって、「誰が誰を殺した犯人か」と論理的に説明していく過程が面白くてすっかりハマってしまったのだ。

 しかも魔法や奇跡は使えない、不思議な館の中で起こる事件という発想が凄く面白い。


 …何故自分の国にはこういう本が無いのかと不思議に思ったのは一瞬。

 よく考えるまでもなく、当然のことだった。


 この世界には神様や精霊の力が満ちていて、魔導士は「魔法」を日常的に使っている、「奇跡」は神様が起こしてくださるらしい。


 一見論理で説明できないような超常現象は、全部神様や魔物、もしくは精霊たちの引き起こしたものだとされてしまう。


 人間にはこんなこと無理だよね、じゃあそれは神様の悪戯に違いない。

 そういう風に思考が流れていく人間が多い国で、こういう「神聖な力の及ばない閉ざされた空間の中での事件」はあまりピンとこないものらしい。


 人間が大いなる力の届かない場所に存在できるわけないじゃない、という固定観念を見事に破壊された。

 ミステリ小説なるものを初めて読んだとき、目から鱗がポロポロ落ちたのを覚えている。


 …とは言え、マリーシアは決して頭の回転が良いわけでも、閃き力があるわけでもない。


 実はこういうことだった! というどんでん返しや、そこに至る過程をワクワクして楽しむ、ミステリのライト読者だったのである。


 この国では流行らない――どころか、神や精霊の存在を遮断したり否定するような罰当たりな本は神殿からかなり嫌がられるので、殆ど流通していない。


 たまたま交易商から手に入れた時は、小難しい言葉で何が何だか分からなかった。

 その後エリスが持ってきた辞書を使い、二人で暇なときに解読して面白かったのを覚えている。

 マリーシアは魔法が苦手だし。


 純粋な人間関係と事件だけで完結する話は、凄く希少でハマってしまった。


「ロイドさんが…君への嫌がらせのために、全巻捨ててしまったんだってね」


 レスターが腕を組み、うーん、と小さな声で唸る。


「そうですね、本を燃やされた時は流石に発狂寸前でした」



 大切にしまっておいた、貴重な本が!!

 


 ごうごうと燃え盛る炎の中に燃料としてくべられた本たちの無念を、マリーシアは忘れることはないだろう。


「あのシスコン兄貴がそんなことするとか、マジ呪いの威力半端ないよな。

 まぁ、俺達皆お互い様なんだろうけど」


 アルフレッドも表情を引き攣らせ、どこか遠い目をしてそう呟いた。


「お兄様、わざわざ集め直してくれたのですね」


「そうそう、かなりあちこちを探し回ったみたいだよ。

 無事に揃って良かったと、安心していたからね」


「俺には、こういう本の良さがサッパリわからないけどな」


「アルは昔、ヒロイック・サーガが大好きでしたよね?

 騎士や英雄が魔族を倒すお話とか」


「子どもの頃の話だ、ワンパターンでつまらないんだよ。

 結局、人間が神様や精霊、神獣に協力してもらって、魔族の誰それを倒しました…ってオチじゃん?

 人間のパンチで魔族を吹っ飛ばすとか、そういう爽快な話って無いのか?」


 アルフレッドに問われても、パッと思いつかない。


「笑い話としてはありそうだけど、教会関係者が見たら怒ると思うよ。

 人間が独力で魔族と張り合える力を持とうなんて、神を冒涜する罰当たりな話だとね」


「ですよね、分かります。

 お伽噺などで、王が謀反を起こされたり、悪者にされている描写のある本は大丈夫なのに…

 王家の方々って寛容だと思いますよ」


 三人で顔を合わせて話をしていると、今この瞬間だけは、昔の関係に戻れた気がする。

 他愛のない話をして、お互いの立場での愚痴をちょこちょこ漏らして、励まし合って。


 次に予定が合ったらどこに行こうと話し合う時間は好きだった。

 兄のロイドや友人のエリス、魔導士のフィロ――昔よく遊んだ顔ぶれがザッと脳裏を駆け巡る。



 そしてにこやかに手を振っている彼らが、フッと豹変するように自分を虐げるような言動をしたことも同時にフラッシュバックする。


 ――助けて欲しい と手を伸ばしても、その手は踏みつけられた。




 自分に原因があるのだろうと思っていたけれど、さっぱり分からず状況も改善しないし、追い詰められるだけの日々を過ごすのは辛かったな。



「本当に、マリーシアに対しあんな非道な行い…今でも信じがたい。

 何も悪くない君に、私達は赦されないことをしたと思っている」


 レスターは再び謝罪の言葉を発しようとしたが、マリーシアの視線には兄が再度集めてくれた希少な本が重なっている。



「私に、非が無かったと言えるでしょうか?」


「マリーシア? 何言ってんだ? お前」


 アルフレッドはぎょっとした表情に変わる。

 マリーシアをまじまじと見つめてきたのだ。


「いえ、ヴィンセントの話を聞いていて思ったのです。

 私、そこまで誰かに恨まれるようなことを、知らない内にしていたのかもしれない…と。


 こんな大掛かりな呪いをかけられるほどの恨みって相当ですよね?」



「私には、君が誰かに恨まれるなど想像したこともない」


「んー、レスターとマリーシアの婚約が発表された時は、国中の女という女が絶望の悲鳴を上げて泣き暮らしたって伝説があるじゃん。

 可能性があるとしたら、その怨恨って線が濃いんじゃないか?

 完全に逆恨みだけどさ」


「ええ…た、確かに…最も考え得る出来事かも知れません。

 私、自分がレスターに選ばれたことばかりに喜んで、無神経な言動をしてしまった可能性が」


「そんなことはない、君はいつも慎重だったし、人前で浮かれた言動をとって誰かを煽るようなことはしていなかった」


 他の女性のレスターへの恋心の真剣さ…、それらをマリーシアが理解できているわけではないし。

 誰かに対して失礼なことをしてしまったのか、と頭を抱えたくなる。


「それを言うのであれば…アル。

 君が縁談を断り続けているのが、マリーシアのせいだと思われているようだ。

 お前に執着している女性のせいでは?」


「は? 俺は三男だぞ?

 兄貴たちはとっくに結婚して後継ぎもいる、俺のことなんか家族も無関心だ。

 俺も興味ないし、めんどくさい――

 最初からそう言ってるのに、どうしてマリーシアのせいになるんだよ、意味不明過ぎる」


 そんなやりとりが耳に入ってくるが、マリーシアの視線は本から離れない。


 


 『誰が殺人を犯した犯人か』


 『誰がマリーシアを呪った犯人か』



 人知を超えた力の集大成の事件ではあるものの、この疑問を解くことが今後の自分の安心に繋がるのではないか、と思った。



 このまま何もないことをビクビク恐れて過ごすより、

 目標があった方がいい。



 もしもその人が既にこの世にいないとして…

 命を懸けてまでマリーシアを呪った原因が分かれば、この二年という悪夢に決着がつくのではないか。



 ――ヴィンセントに会ったら、相談してみようかな。



(あの人、信用できるか分からないのよね…)

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