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5話 リハビリ開始


 翌朝、マリーシアは侍女のエマと一緒に城内をゆっくり歩いていた。


 許可を持った人間しか立ち入りの許可が出ない、奥の施設で療養させてもらっている。

 王宮内の治療施設にお世話になったのは、当然初めての経験だ。


 本来は王族が重い病気にかかった時に使われる場所だと思い至り、ドッと冷や汗が流れ落ちていく。


 レスターの言う通り、まだ結婚していないけど婚約者――王族の末端って扱いなのだろうか?

 まだ気持ちの整理がついていないとは言え、王子の婚約者を継続するにも辞退するにも早めに決断しなければならない。


「まぁ、マリーシア様。

 驚くべき回復力です。

 もうこんなに歩けるようになって…!」


 エマはよたよたと歩くマリーシアの傍で、感極まった声を上げる。

 いつまでも横になっていてもその後が辛いということで、マリーシアは医師の勧めでこうして歩き始めたのだ。


 痛いのは痛いが、気分転換になるし。

 ずっと伏せっていたのでは、気が滅入る。


「じゃあ、今度はあの柱まで!」


 自分の足で歩ける状態にテンションが上がったマリーシアは、数メートル離れた白い柱を指さして一歩前に踏み出した。


 少し態勢を崩しながらも、一歩一歩床を踏みしめて前へ進む。

 もう少しというところで、マリーシアの体が大きく揺らいだ。


「……おい、まだ出歩ける状態じゃないだろ!」


 よく知った声が周囲に響き、マリーシアの体がグッと支えられる。

 あと一歩でゴールだったのに…と、内なる克己心に火がつきかけたけれど。


「あら、ごきげんよう……アル。

 私は今、歩く練習をしているだけですけど」


 黒を基調とした騎士団の制服を着こんだ青年、アルフレッドの顔をジトっと見上げる。


「ハッ、どうせ次はあっち、今度はそっちと次々無理してさ。

 結局翌日、立ち上がれなくなるパターンだろ」


 自分を良く知る幼馴染にそう言われては、マリーシアも反論の言葉に窮する。

 だがこの小気味よいやりとりが懐かしく感じた。


「こんな風に話をするのも久しぶりな気がしますね、アル」


「……ああ。

 すまなかった、お前に謝罪に行こうと思ってはいたんだが…

 どんな顔をすればいいのかわからなくてな」


 アルフレッドは表情を曇らせる。

 赤い双眸が申し訳なさそうに左右に揺れていた。

 心無しか彼の黒い髪もいつもより萎びているように錯覚する。


「ええ、そうでしょうね、そうでしょうとも!」


「すまん!

 ほんっとうに、俺らは頭がどうかしていたんだ。

 今でもあの時の自分の感情が理解できない、どうしてマリーシアにあんな酷いことを出来たのか…」


 そりゃあ、言いたいことは山ほどある。

 自分に対して急に冷たくなったことはまだ我慢できることだとしても、マリーシアが乗っている馬車をわざと山中に放置して、一晩真冬の洞窟で震えていた記憶は忘れられない。


 他にもこの二年の間に、騎士団から微に入り細に入りと言っていい、嫌がらせを受け続けていたのだ。しかもそれを率先していたのがアルフレッドだったと知った時のショックときたら…


 曲がったことが大嫌いで、質実剛健が鎧着て歩いているような彼が!

 その真っ直ぐさ故、騎士団の上層部から若干疎まれていたはずのアルフレッドが…


 ホルン王国の公爵令嬢をわざと怪我をさせるような場面に追い込んできたことさえあるのだ。まだこちらから関わらなければ会う機会がないとは言え、レスターとアルフレッドは親友だから割とセットで出会うことが多かった。

 その度にメンタルにダメージを負った事を思い出す。


 美形二人に冷ややかな目で罵倒される体験はもうごめんである。


 突然アルフレッドはその場に手足をつけ、床に額をこすりつけた。

 何度もマリーシアに謝罪してくる。


「ちょ、アル、やめてください!

 もういいですから!」


 男らしく、プライドの塊と思っていたアルフレッドに、平身低頭の扱いを受けるのも据わりが悪い。

 マリーシアは慌てて、アルフレッドの肩に手を添えた。


「だってしょうがないのでしょう?

 レックスだってエリスだって、お父様だって…

 皆、呪いのせいだって聞いてます」


「とは言え、その間の記憶が抜け落ちてるわけじゃない。

 今でも…この腕に生々しくい残っているんだ。


 レスターに敬遠されるようになって、途方に暮れていたお前が『助けて欲しい』と手を伸ばしてきたのに。


 …俺はその手を振り払って、笑っていた」



 せめてお互いに…いや、せめてマリーシアの記憶がなければ、ここまで気まずい状況にはならなかったのだろうか。

 当人たち曰く「狂っていた」時期の記憶が鮮明に残っていることで、マリーシアも複雑な想いになる。


 分かってる。

 仕方のなかったことだ。


 既に皆、呪いが解けて自分への悪意が失われた。


 しかも同じ状況にならないよう、ヴィンセントという神官が手を尽くしてくれると言ったではないか。


「もうやめましょう、アルフレッド。

 確かに、私は凄く哀しかったです。

 …貴方に突き飛ばされて、足を捻挫して帰宅したことも今となっては遠い記憶です」


「……。」


 顔を上げたアルフレッドが、再び蒼白になったのを、もう一度「ポンポン」と肩を叩いてやる。


「王族や私の家族でさえ抗えない、強い呪いだったと聞きます。

 それなのに、アルだけを責めるなんてできるわけないでしょう」


「……許してくれるのか?」


 スッと立ち上がったアルフレッドが、真正面からじっとこちらを見据えている。

 女子供に優しく、正義感に溢れた青年が幼馴染を何者かに操られていた状態とはいえ、いじめをしていた感覚は耐え難いのだろう。


「お互い、忘れるよう努力しましょう。

 私はこの通り、賊に刺されても生きてます。

 殺そうと思ってもなかなか死なないしぶとい人間ですからね。

 生きていたなら、もういいです」


 レスターに対しては、その経緯が経緯、長年の想いの蓄積のせいで、すぐに謝罪を受け入れて元通りというのは難しいものがあったのだけど。


 自分に対して悪意を持っていじめてきた人達全員を許せないなんて話になったら、この国から脱出した方が楽だという結論になってしまう。


 それに自分がよく知っていたアルフレッドが戻ってきたと思うと、ホッと安心してしまう。

 呪いが解かれたと言われても、あの場にいた人達以外の様子を知ることが出来なかったから。


 そのままアルフレッドにも嫌われ続けてたらどうしよう…とちょっと怖くもあったので。




「なぁ、マリーシア」



「何です?」



 アルフレッドは少し言い淀み、何度か口の開閉を繰り返し…

 マリーシアが不思議そうに彼の様子を見ていると、後頭部に掌を添えてバツの悪そうな声を出す。




「お前が助けを求めた時…

 俺が呪いに()っていたら。


 俺と一緒に――この国を脱出したか?」




「えっ。」



 マリーシアは息を呑んだ。

 死角からガツンと殴られた気持ちである。



 皆がおかしい、何かが変。



 頼れる人が一人ずつおかしくなっていく恐怖。


 もしもあの時、アルフレッドが「正常」だったら?

 あり得ない現実に一緒に立ち向かってくれたなら。

 どうだっただろう。


 想像もしていなかった言葉に、マリーシアは動きを止める。



「あ! 無し! やっぱり今の無し!

 そんなの考えても…無意味だよな」



 こちらの困惑が伝わったのか、アルフレッドは片手を横に振ってさっき話した言葉を掻き消すように大仰な仕草をする。


「分からない…けれど。

 私だって、出来た人間じゃないですからね。

 正直、どうなっていたかわからないです」




「……そうか」



 そう声を落としたアルフレッドは、ふと誰かの存在に気づいてそちらに向く。


「ヴィンセント」


「おや、アルフレッドさん。

 それにマリーシア様も、もうお一人で歩けるとは!

 人離れした回復力には目を瞠るものがありますね」


 昨夜は夜出会ったから、黒づくめという外見もあいまって「闇」そのもののように感じていたヴィンセント。しかしこの朝の光に照らされている彼の印象も、やはり初見のものと変わらない。



 まるで――強い光輝が創る、濃い影。



「人を化け物か魔物のようにおっしゃらないでください」



「これは失敬」


「ヴィンセント、ちょっと良いか」


 いつの間に仲良くなったのか、アルフレッドはヴィンセントに親し気に話しかけているではないか。ヴィンセントはあまり人好きのするタイプではないと思うが、既に城の人間の信頼を勝ち得ているのだろう。


「承知いたしました、ではマリーシア様。

 リハビリのし過ぎにはくれぐれもご注意ください」 


 ヴィンセントは頭を下げる。

 口の端は少し持ち上がり、彼なりに微笑もうとしているのだと伝わってきた。



 長身の青年二人が、マリーシアのいる建物から遠ざかっていく。



「神官様のおっしゃる通りです、マリーシア様。

 今日はこのくらいにして、お部屋に戻りましょう」



 傍に控えて様子を伺っていたエマが、マリーシアの体を横から支えてくれる。




 外の風は心地よく、花のかぐわしい香りに目を細めた。



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