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4 仕打ち

『葬儀を出したがってるって、盗みを働いた娘を、さっさと捨てたい感じ? ほんと、あの親って最悪だね』


 どこからともなく聞こえた声に、ミシェルこと、ラシェルは小さく息を吐く。


「今さらよ。知らなかった? 娘が王妃に無礼を働いたことに怯えているのでしょう。早く葬儀をして、終わらせたいんだわ」

『知ってたけど。葬儀なんてしなくても、王妃の怒りはかったんだから、無駄だと思ってさ。子爵家は取りつぶしかねえ』

「貧乏子爵家なんだから、その道を辿る予定だったのだし、早まっただけじゃないかしら?」

『いいきみだよ。それよりさ、橋から落ちた死体を探して、王子はどうするのかねえ。死体を持って帰って、王族の墓にでも入れてくれるのかねえ?』

「王妃に掘り起こされて、川に捨てられるまで、想像できるわ」

『それもそうだね』


 軽い返事が届いて、ラシェルは肩をすくめる。ずり落ちそうになる黒縁メガネを軽く上げて、泥だらけになったシーツを洗い始めた。

 顔に合っていない度なしメガネは鼻の頭が痛くなるが、これも変装のうちだ。

 客間にくる男にお茶を出せと言われて行ってみれば、廊下を歩いている赤い髪の知った顔がいた。お茶はゆっくり出せばいいと言われたので、必要以上にゆっくりしていたら別の場所に通されたようで、ラシェルは安心している。


「アーロンが探しに来るとは、思わなかったけれど」

『さすがに、顔見られたらバレちゃうし、さっさと帰ってくれればいいよねえ』


 クリストフは側近であるアーロンに依頼し、川に落ちて行方不明の婚約者候補、ラシェル・ボワロー子爵令嬢を探させている。

 アーロンは、川に流された死体を探すため、公爵家の領土内で調査することに許しを得に来たのだろう。

 適度に探して、さっさと帰ってくれれば良いのだが。髪の色を変えておけば良かったかと、今さらに思う。


 しかし、一ヶ月も経って、今さらクリストフの手が探しに来るとは思わなかった。

 せめて遺体だけでも。そう思ったのだろうか。

 ラシェルは鼻で笑いそうになる。あの王子は、自分の母親が婚約者を殺そうとしたことに、未だ気付いていないのだ

 王妃も、遺体を見ればクリストフが諦め切れるかと、調査を許したのかもしれない。


 馬車は、増水した川で流された。騎士も巻き込まれて、何人があの吊り橋に残っただろう。あの激流に巻き込まれて生き残っていれば、奇跡でしかない。残った騎士は王妃にそう伝えただろうか。


『二人くらい橋に残ってたかねえ。急いでたから、遠慮しなかったけど』

「御者が残っていたでしょう。騎士は知らないわ」


 突然上流から水が流れ、吊り橋の上にあった馬車に直撃した。連日の雨で、あれだけの水が流れてもおかしくなかったかもしれないが、ちょうど良く、激流が起きるわけもない。

 暗殺者に謝る気はないが、こちらも命がかかっていたので、手加減はできなかった。


 クリストフには教えていなかった、ラシェルの能力。

 水の精霊と契約していることを、伝えたことはない。


(街中で夜一人うろついているのを不思議に思わないのだから、気付くはずがないのよね)


 だから王妃も、ラシェルが川に落ちたことに、疑問を持つことはない。

 ちょうど川が流れている場所でよかった。魔力も少なく水を操れたのだから。

 水が少なければ魔力を多く使うことになる。騎士の中に精霊使いはいなかったため気付かれることはないだろうが、魔力の残滓があっては調査の時に気付かれる可能性があった。


 さすがに一ヶ月経って調べたところで、何も出ない。


「トビアのおかげだわ」

『当然だよ。僕は水の精霊だからね! 近くに水があれば、無敵だもん!』

 シーツを洗う前で偉そうに胸をはるトビアは、桶の上で軽く回って汚れた水をきれいにしてくれる。


 トビアは人型の精霊で、常に水をまとっているような姿をしていた。髪の毛は水のように流れている。周囲にも水が浮いており、動けば離れたりくっついたりした。雨粒が宙に浮いているような不思議な状態は、見ていて飽きない。普段は姿を隠している。魔力の強い者には、トビアが見えることがあるからだ。


 トビアのおかげで馬車から逃げられた。その前から王宮を去ろうとはしていたが、王妃によって流刑の身になった。途中で殺しにくるとは思わなかったが。


(おかげで死んだことにして公爵邸に逃げられたのだし、むしろ感謝すべきかもしれないわね)


 ラシェルが逃亡を企てたのは、少し前に遡る。

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