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28 部屋

「贈り物は気に入ってくれたかい」

「興味ないわ。知らなかったの? ドレスや宝石など、高価な物に興味がないと言っていたのに?」

「本も持ってきた。足りなければ言ってほしい」

「いらないわ」


 ボワロー子爵令嬢にすげなく返されても、クリストフ王子はめげることなく、部屋へ通い続ける。


 その気持ちを、どうしてもっと早く持たなかったのか。ボワロー子爵令嬢ではなくとも、考えるだろう。

 アーロンは部屋の扉の前で佇んで、部屋の中の会話を聞いていた。クリストフ王子に中に入れと言われないことに安堵しているのは、ボワロー子爵令嬢には知られたくない気持ちが強い。


(情けないな)

 卑怯者と呼ばれて、何も言い返せなかった。

 ボワロー子爵令嬢への嫌がらせを知っても、クリストフ王子に伝えなかったことを、見透かされているような気さえした。


 笑顔で部屋から出てきたクリストフ王子は、扉を閉めた途端に表情を変える。

 ボワロー子爵令嬢から離れた途端、別の誰かが取り憑いたようになる。その顔も、最近は見慣れた。

 そうして、王妃の焦燥する姿も。


「まだ見つからないの!?」

「母上、大声ですね」

「ああ、クリストフ。声が大きかったようね」

「まだ見つからないとは、思いませんでしたよ」


 クリストフ王子に声音に、王妃は肩を揺らして顔色を悪くする。この姿も見慣れた。怯えるような血の気の引いた顔を、クリストフ王子は一瞥する。


「さ、裁判の準備を、すぐにさせるわ」

「当然です。見つからないのであれば、それしかありませんからね。それにしても、今まで父上に玉璽を押させていたとは、思いませんでした」

「魔法がかけられていて、王以外には押せないのよ」


 王が使用する玉璽は、魔法がかけられている。死ねば魔法が解けて、王以外の者が押すことは可能になり、別の者に与えられるが、その玉璽が、見つからない。


(いつからなくなったのか、それすらもわからないとは)


 普段は王の寝室に保管されており、何かあれば、王の手に握らせて、王妃が押していたのだろう。王はほとんど動けないという話だった。

 王の寝室には、誰も入れないように、監視がついていた。ベランダは閉じられて、カーテンが閉められており、外へ出入りすることはできない。


 それでも玉璽が見つからないのならば、出入りしていた者が持ち出したに決まっている。それなのに、衛兵は王妃か医者以外に部屋に近づいた者を、一切見ていない。扉の前の衛兵だけならば、二人で共謀しているなどもあり得るが、それ以外の多くの衛兵がうろついている。それらも、誰も怪しい者を通していない。


 ならば、王妃か医者しかいないだろうが、医者は常に王妃と一緒なため、それこそ二人が共謀しなければならなかった。

 その状況で、誰が王の寝室から、玉璽を持ち出すというのだろう。


「何かわかったのか?」

 精霊使いが二人、クリストフ王子にかしずく。王族と契約している精霊を使う者たちは、その精霊と契約したため、王族に従順だ。そうでなければ、精霊を手放すことになる。

 すでにクリストフ王子を王としているのだろう。王妃ではなく、クリストフ王子に顔を向けた。


「精霊が通ったのかもしれません。人でなければ、気付かれません」

「希少な精霊使いが、お前たち以外にいるというの!?」

「現時点では、わかっておりません」

「精霊使いか。母上、あの男はどうですか?」

「まさか、ブルダリアス公爵が精霊使い!?」

 王妃は憤りをあらわにするが、精霊使いの一人がそれはないと断言する。


「母上、公爵家には何もなかったのですよね?」

「見つかっていないわ。公爵領にも人はやっているけれど」

「見つからないのならば、やはり、盗んだとするしかないでしょう。そのための裁判です」

「そうよね。ええ、早く罪を決定させましょう。探すのはそれからでも問題ないわ!」

 王妃は責任を問われなかったことに安堵したか、すぐにでも裁判を行うと、急いで部屋を出て行った。


(玉璽を、盗まれたと発表するなんて)

 王が死んだことについて、犯人が必要だった。普通に死んでいれば、玉璽は残るからだ。しかし、それが見つからない。クリストフ王子が王になるために邪魔だからと処しておいて、玉璽がないことに、今さら気づいた。

(それを、公爵になすりつけるとは)


 王族の質はここまで落ちた。いや、自分が仕えていた王族は、ずっとこの二人だ。

 王の寝室で、家探しをして、王の死などなかったかのように思える。


 ぼんやり床を見つめていると、ベッドの下に何か蠢く物が見えた。

「虫……?」

(なんでこんなところに、虫が)


 窓の近くに置いてある鉢植えの木は葉がなく、枝だけの物が置かれたまま。水もあげていないのだろう。王が生きていた頃は誰かが水をやっていたのか、今は葉が床にすべて落ちてしまっていた。その頃から、掃除もしていないのだ。


(そういえば、王の部屋近くは、鉢植えが多いんだよな)









「はあ、どうして花など……」


 急にクリストフ王子に呼ばれれば、ボワロー子爵令嬢に花を贈っておけ、などと命令された。何を贈っても受け入れてもらえないから、アーロンに頼めば邪険にされないと考えたのだろう。考えが浅すぎる。


 ボワロー子爵令嬢に会うのはおっくうだ。卑怯者と言われた言葉が、胸に鋭く突き刺さってくる。

 どうやって王族に楯突けばいいのか。だからあなたも逃げたのだろう。

 そう罵りたくなる。


「逃げた?」

 頭の中で考えた言葉に、なぜか違和感を感じた。


 ボワロー子爵令嬢は、川に落ちただけだ。

 クリストフ王子に命じられ、アーロンもあの現場の川を確認した。吊り橋は高い場所に吊られていて、川の流れも早く、普通に落ちても、生き延びられるとは思えない高さだった。


(あの川に落ちて、生き残れるのか?)


 実際、騎士たちも濁流に呑まれ、死んでいる。クリストフ王子に殺されかけた騎士は、最後まで殺していないと言い張っていた。あれは事故だった。川に落とすつもりだったが、濁流が突然起き、それに巻き込まれたのは本当だと、何度も。


 ブルダリアス公爵が、あの吊り橋で待っていたわけではないだろう。ブルダリアス公爵の手下に、精霊使いがいるのだろうか。

 そう考えて、そうではないのではないだろうかと考える。


 ボワロー子爵令嬢は、平民として働いていた。貿易を行う店には用心棒などがおり、屈強な男たちも多い。そんな男たちを前にして動じず、しかも夜も街をうろついていた。


 彼女が精霊使いなら、玉璽を盗めるのではないだろうか。


 居ても立っても居られず、アーロンは走り出した。衛兵が守る扉にノックをして、返事を待つ。

「ボワロー子爵令嬢?」

 いきなり椅子とか投げてきそうな雰囲気があるため、攻撃を受けることを想定し、扉を開く。

 しかし、そこには、いるはずのボワロー子爵令嬢はいなかった。


 そこで、どうして扉を閉めたのかは、わからない。

 部屋中を探し、やはり誰もいないことを確認して、どうすべきか、口を開けたまま考えを巡らす。

「牢屋には、公爵が」

(まさか、助けに行ったのか?)

「クリストフ王子に、」


 そう口にして踵を返そうとして、足を止めた。

 卑怯者と呼ばれたことが、胸を鋭く突き刺してくる。


 それを思い出しただけで、動かすべき足が、すくむように動かなくなった。

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