27−4 葬儀
「いっつ。いきなり拘束するとはな」
剣を向けて斬りつけてくるのかと思えば、騎士たちは顔以外を痛めつけて、人を牢屋に放り込んだ。
頭を打たれたせいで、気を失っていたか、目尻に滲んだ血が固まっている。
手首には魔法を封じた手かせがはめられて、牢から逃げられないように、天井に打ち付けられた鎖に繋がれていた。
顔以外を攻撃してきたところを鑑みれば、痛めつけた証拠を残す気はなかったようだ。すぐに殺す気はないようだが、肋骨が折れているのはわかった。
間違いなく、王を殺したのだと断罪されるのだろう。
王妃の陰謀に違いないだろうが、王を殺したのは、おそらく、
「お前が殺したのか。クリストフ」
足音が近づいて、ヴァレリアンは暗闇で足を止めた男に問いかけた。
「……裁判を行い、お前を断罪する」
「殺してから罪に問うのかと思ったが、悪巧みをする余裕はあるのだな。王妃がそうしろと?」
「ラシェルを助け、彼女に恩を売る真似をした。王を殺すために、王宮を混乱に陥れた。公爵家は取り潰しだ」
「は。無理のあるシナリオだな。そうしなければならない理由でも? お前が無実の者を虐殺した件を帳消しにするとしても、お粗末な話だ」
「両親を殺されたと勘違いをして、王族を恨んでいた。逆恨みで、王を殺した」
クリストフはヴァレリアンの言葉に、シナリオで返してくる。
考えたのは王妃ではなく、クリストフか。
ある程度聞きかじり、それ以外は耳にしていないのだろう。
だから、王妃が考えているような話に、ラシェルが自分の元に戻ってこれるような話を付け加えている。
(狂っていても、そこまで頭が回らないのは、そのままだな)
「お前の勘違いは、母親譲りだな。クリストフ」
「なに?」
「王が何を考え、俺の父や母に会いにきていたかなど、まともに考えたこともないのだろう。王は昔から考えていた。お前に継承権を与えれば、王妃は納得するだろうと。だが、王妃はそう簡単には納得しなかった」
「弟の妻を想う方が悪いのだろう」
「はは。ああ。愚かな母子だな」
「何が言いたい」
「王が生きているうちに聞いておけばよかったものを。死んでしまっては、事実など届かない。お前たち母子は、すべてが自分よがりで、言い訳ばかりをして、他人のことを思い遣ったこともなければ、考えたことすらない。それがお前たちだ。似た者同士だな」
クリストフは意味がわからないのだろう。片眉を上げて鼻の上に皺をつくる。
人の顔を見ているだけで苛立っているのだから、冷静に考える頭もない。
王妃の言葉だけを信じて、王を殺したのだろう。王の命はこの先長いものではなかったが、話すことはできた。それを、クリストフは行わなかったのだ。
(愚かな母子だな。こんなやつらのせいで、周りが巻き込まれてきた)
わからなければいい。王も話が通じないと気づき、別の手立てを作っていたのだから。
「お前がラシェルを助けたメイドを殺したことを、ラシェルは深く恨んでいるぞ」
「ラシェルへの嫌がらせを黙っていたメイドなど、必要ないからね」
「ラシェルが、何を思おうと関係ないと思っているから、そんな真似ができるのだろうな」
「黙れ!」
クリストフは憤ると、側にいた兵士から奪った槍で、ヴァレリアンの腹を突いた。
魔法を行ってこないあたり、この牢屋は魔法が使えないようになっているようだ。
手首にはめられたかせは、牢屋を逃げても魔法を使えなくするものか。
「ラシェルをどうした?」
「僕の妃となる」
堂々とした発言に、厚かましすぎて、ラシェルが激怒する姿が思い浮かんだ。
脳内花畑なのか、ラシェルがどんな反応をするかも考えられないようだ。考えても、受け入れられないのかもしれないが。
「どこまでの執着。彼女のどこが良いのだ?」
「彼女は僕に自由を教えてくれた。忖度なしに、僕を愛してくれた」
「お前が身分を明かしていなかっただけだろう。彼女は騙されたと言っていたぞ」
「お前に何がわかる! お前こそ、彼女を利用しているだけだろう!!」
癇癪持ちなのか、苛立つとすぐに槍を突きつけてくる。内臓を破らないように、肢の部分で突いてくるのだから、やはり裁判までは生かせておく気だ。
「わからんな。ラシェルを殺そうとした母親を信用している、お前のことなど。ラシェルも、理解できないでいる。どこまで頭がおかしくなったかと」
「ふ。母上は父上が亡くなり錯乱されている。今後、表に出ることはないだろう。わずかな時間、両親にでも祈るといい」
槍を兵士に放り投げると、クリストフはその場を去った。牢屋を守る兵士も、すぐ側で見張る気はないと、視界から見えなくなる。
「愚かだな。彼女のことなど何も理解しようともしない」
ラシェルが、どうやって助かったのか、わかっていない。あの川の流れで、ヴァレリアンが助けたと思っているのか。
ラシェルの本質を、なにも見抜いていない。顔以外痛めつけるあたり、理性は残っているようだが。
「さて、どうしたものか」
魔法を封じる鎖を引っ張ってみて、無論簡単には取れないことを確認する。
傷は刃物を使われなかっただけましか。肋が折れた程度ならば問題ない。
いきなり拘束してくるとは思わなかったが。
『あ、いた。生きてた』
聞き慣れた声が頭の上から聞こえた。トビアが、ヴァレリアンの周囲をぐるぐる回り、鎖を確認する。
『どうするの、これ』
「なんとかできる。ラシェルは王宮に連れてこられたのか?」
『そうだよ。どうしてくれるのさ! あのバカ王子のせいで、ラシェル、』
トビアはふるふる震えると、水を飛ばしてくる。嘆いているのか、丸い体を干されたように伸ばした。
『ラシェルに、あんたが無事だってことは教えてくるから』
トビアは最後まで言わず、ラシェルの元に戻ろうとする。主人を一人にしたくないのだろう。
クリストフが側にいるだけで、ラシェルは何を思うか。嫌悪感では済まないのだろう。クリストフはもう戻れないところまで来てしまった。ラシェルが哀れだ。
『トビア、悪いが、戻る前に頼まれてくれ』
魔法が使えなくとも、精霊は入り込める牢屋。精霊使いであれば、精霊使い専用の牢屋に入れるだろう。
ここは、精霊が入ってこられる。
ヴァレリアンはニヤリと笑い、トビアへ伝言を頼んだ。




