27−2 葬儀
「すぐに帰ってくると言っていた割には、遅いわね」
窓の外を見ながら、ラシェルは部屋の中をうろうろと落ち着きなく動いていた。
コンラードもヴァレリアンについていったため、メイドたちと帰りを待っているが、一向に帰ってこない。
「やっぱり、私も行けばよかったかしら」
「何かあったのでしょうか」
メイドたちも、さすがに遅いのではないかと、お互いに顔を見合わせる。もう時間は夕方に近く、誰かと話していたとしても、遅すぎる気がする。
「王が死んだのだから、公爵様がさらに狙われる可能性は高まるのだし」
王の葬儀に欠席するわけにはいかない。伯父が亡くなったのだから、ヴァレリアンが参列するのは当然だ。むしろ、出席を断れば、あることないこと噂されかねない。
王の死亡の理由は、病ということで発表されているが、のちにひっくり返ることだってあるだろう。
なにせ王妃。次点でクリストフ。妙な言いがかりをつけてくることが予想できる。
(ヴァレリアンは、そうなっても大丈夫と言っていたけど、あの自信はどこから来るのかしら)
烏合の衆のような貴族たちを集めても、王妃に対抗できるかわからなない。もっとも力のある貴族は誰かと考えて、身分的にヴァレリアンが一番上に見えるが、ヴァレリアンは社交界から離れていた。人の繋がりは少ないだろうに。
(公爵夫妻の件で、会った人はいるのだろうけれど、どんな人がいるのかしら)
建国記念パーティで誰と会ったか、聞いていなかった。聞いても教えてくれないので、しつこく聞かなかったが。
王宮で会って話せる相手はいるわけだ。
「王妃たちに対抗できるような人なのかしら」
ラシェルが窓の近くを動き回っていると、メイドたちも不安になってくるか、落ち着きがない。
あまり彼女たちを心配させ過ぎてもよろしくないと思い、ソファーに座り直すと、廊下を走る足音が耳に届いた。
「失礼致します。ラシェル様!」
「帰ってこられたの!?」
「違います。今、きし、きゃっ!」
メイドが部屋に入ると、後ろからやってきた、赤のマントの男たちがメイドを押しのけた。
「ボワロー子爵令嬢。ブルダリアス公爵が王暗殺の罪で捕えられました。申し訳ありませんが、あなたを王宮へお連れします」
「なんですって!?」
王宮の騎士たちが、わらわらと部屋に入ってくる。
公爵家の騎士が混じり、ラシェルを守ろうとするが、王宮からの騎士では剣も抜けない。ここで争ってはヴァレリアンの罪を重くされることもあるとわかっていて、公爵家の騎士たちもラシェルをどう守ろうか迷っていた。
しかも、王宮の騎士は屋敷を捜査すると言い、公爵邸の周囲を固めている。ここで抵抗するには、ヴァレリアンが出なければ対抗できない。
「ボワロー子爵令嬢、ご同行願います」
「ラシェル様!」
騎士二人に腕を取られて、部屋から引きずり出される。待っていた馬車の前には、見覚えのある顔がいた。
「アーロン!」
では、この騎士たちは、クリストフの命令か。
アーロンは居心地悪そうにしながらも、ラシェルと同乗した。扉が閉められて、馬車が走り出す。
「ボワロー子爵令嬢。どうか、抵抗なさらないように」
「アーロン。まだ、クリストフの言うことを聞く気? 言うことを聞くに値する主人だと思っているの?」
睨みつけていれば、アーロンは顔を歪める。ここ最近のクリストフの所業を考えれば、抜けているアーロンでも、考えることはあるだろう。お花畑にいるクリストフの面倒を見ていたはずが、別人のようにおかしくなったのだ。それを止められない側近だとしても、アーロンは少なくとも暗殺を良しとする性格ではない。
「橋で、何があったのか、教えていただけないでしょうか?」
「王妃に聞いたらどうなの?」
「ほとんどの者が、死んでしまい。事実がわからず」
「クリストフが殺したのではないの? 最初は王妃が口封じでもしたのかと思っていたわ。クリストフは、事実を公表するのではなく、事実を確認することなく、無関係な者まで殺した。そうでしょう?」
「あなたは、何をしたのですか?」
「何の話」
「クリストフ様が、どうしてあんな風に!」
まるで信じられないと、身を乗り出してくる。そんなこと、こちらが聞きたい。なにがどうして、あそこまで狂ったのか。
「文句を言うのなら、王妃に言ったらどうなの。間違いなく、王妃の影響でしょう、抑圧してきたのも王妃、殺人好きなのも王妃」
「わからないのです。どうして、あそこまでおかしくなってしまったのか。あなたが亡くなったと知って、遺体まで見たのに、信じようとしなかった。そしてあなたは本当に生きていて、けれど、殺されかけたと知り、あなたが今までどのような仕打ちを受けていたのか、端から目に入る者を捕らえて、問い始めて」
「それで、関わりのない者まで殺したって言うの?」
アーロンは口を閉じる。止めることもできず、これからもどうすれば良いのかわからない。とでも言いたげにして。
「ヴァレリアンをどうする気。公爵に、王殺しの罪を被せる気!?」
「私には、クリストフ様は止められません!」
その言葉が耳に入った瞬間、ラシェルは座席を踏み抜く勢いで蹴り付けた。アーロンの股間にぎりぎり当たらないくらいのところに、ラシェルの足が突き刺さる。アーロンが間抜けな惚け顔をするのも束の間、
「卑怯者」
ラシェルのその一言に、アーロンはただ肩を下ろすだけだった。




