27 葬儀
ラシェルがトビアに紅茶を与えるのを眺めている時、遠くで鐘の音が聞こえた。
『大きな音だね。なにかあったのかな』
窓を開けて、その音を確認すると、大きく響き、幾つもの場所で同じように鐘が鳴った。
「公爵様……、まさか」
ラシェルが立ち上がり、窓際に駆け寄ってくる。鐘の音は何度も鳴り、都中に響き渡った。
「王が、死んだ」
王の崩御は、想定していなかったわけではない。
今まで生きていられる方が、余程おかしかったのだ。
ヴァレリアンは葬儀のため、広間に集まっていた。厳かに行われる葬儀には、多くの貴族たちが参列する。
その面々は、次の王がクリストフであることを、戦々恐々としていた。
(王が死ぬ前に、あれだけのことをしでかしているのだからな)
宮を燃やしたことは、にわかに噂になっていた。もし王妃の力が正常に働いていれば、緘口令が敷かれていただろう。しかし、その所業を止められなかった王妃のおかげで、クリストフが狂ったのではないかという話は、すでに貴族たちの口の端に上っている。
クリストフは、噂を止める気もなかったようだ。
そのため、参列している者たちは、王の葬儀でありながら、気もそぞろで、今後どうなっていくのかと、囁きあっている。
オーグレン伯爵も参列していた。さすがに体調不良で二人も休めないと諦めたか。それとも、この場で仲間と相談でもするか。娘のイヴォンネは姿がない。殺されかけたことにより、本当に何も知らなかったのだと、何度も父親に泣いて縋り、精神が不安定だとか。それも当然か。
他にも、来ていない者はいるだろう。王妃に睨まれているか、クリストフに睨まれているか、それでも、いつまでも隠れてなどいられない。
一人一人、棺桶に花を手向けるが、ラシェルの葬儀と違い、遺体の顔は見えているようだ。
ラシェルは、葬儀に参列すると言って、最初は聞く耳を持たなかった。王が死んだ王宮が、それほど危険か、わかっているだろうに。そう言えば、ラシェルはヴァレリアンに同じことを言ってくる。
ラシェルは、案外強気で、けれど心配性なところがある。
他の貴族たちがどう動くのかわからない中、ラシェルを公爵邸の外に出すことは難しく、狭い場所で留まることを強要しているが、メイドたちと気が合うようで、素直に人の言葉を聞き、トビアを眺めながらお茶をしたり、メイドたちに混じり、菓子作りなど行って交流をしていた。
書庫の本を読んで良いと言えば、率先して読書をする。領地問題にも興味があるらしく、暇だからと計算仕事もかって出ていた。他国に逃げる気だったため、他国について調べていたこともあり、ガバラ王国の政治や規律にも詳しい。
子爵令嬢として振る舞ったことがほとんどないのだと言いながら、行うことは子爵のようだ。
自由に生きることを望みとしているからか、新しいことを覚えられるのだと、生き生きとして仕事を手伝ってくる。
そんな姿を見ているだけで、ヴァレリアンは笑みがこぼれそうだった。
あのラシェルを、狭い場所に閉じ込めるのは愚行だ。
それを、あの男はわかっていたのだろうか。
葬儀中、王妃の隣で、クリストフは澄ましたまま。どこを見ているのか、瞼を軽く下げている。葬儀には興味ないとでも言わんばかりだ。王妃は時折ハンカチを目元に寄せた。
あまりにも茶番すぎる。
そうして、王族の席には、もう二人。
第二夫人、ナディーン。それから、第二王子、マクシミリアン。年は十歳に満たない。
ナディーンは黒髪をまとめ、耳元から垂らしている。その姿は痩せているため病的で、気が弱そうに見えるが、ヴァレリアンの視線に気づくと、微かに口元を上げた。不意の笑みに、ヴァレリアン以外気づいている者はいない。
王がほとんど不在のような状態で、よく今までなにもなく生きてこられたと思うが、あの顔を見れば、その理由もわかる。
(不敵だな。弱々しくは見えるが、あの余裕の顔は、不気味さすら感じるだろう)
第二王子のマクシミリアンは、離宮に引きこもっているため、青白く見える。だが、痩せ過ぎているわけではなく、背筋を伸ばし、堂々とした態度から、それなりにナディーンに育てられていることがわかった。
王妃は気づいているだろうか。子供ながら、クリストフよりマクシミリアンの方が、余程精悍な顔をしている。
あれは、王の隠し玉だ。
ナディーンの父親、ヒューイット侯爵は研究者で、趣味で土壌の研究を行っている。それが、何のためなのか、誰のためなのか、考える者はいないだろう。
(それにしても、気づいた途端、こちらを睨まないでほしいな)
クリストフはヴァレリアンを視界に入れると、射殺すような視線を向けてきた。親の仇でもとる勢いだ。
あの執着がありながら、なぜラシェルの声を聞こうとしなかったのか。不思議で仕方がない。
(失ってから気付いても遅い。先に手放したのは、お前だろう)
ふいに視線を逸らした後、クリストフはその後一度もヴァレリアンを見ようとしなかった。
滞りなく葬儀が終わり、帰路に着こうとした時、その視線の意味に気づく。
「ブルダリアス公爵、どうぞ、こちらへ」
他の参列者が何事かと注目する中、ヴァレリアンは騎士たちに囲まれたのだ。




