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24−2 王宮

「私とも、踊っていただけないでしょうか」


 手を伸ばされて、ラシェルは苦笑いをしそうになった。足が疲れて、そろそろ休憩したい。

 先ほどはダンスをしながら、素性をしつこく聞かれ、その前は、ヴァレリアンについて聞かれた。対応も面倒だ。少し休憩したいが、人気のない場所に行くわけにはいかない。

 ラシェルに近付き、会場から出そうとする、怪しげな者はいないが、まだ油断はできない。


(でも、足が痛いのよ。テラスくらいなら逃げていいかしら)

「ぜひ、私と」

 ずずいと、無遠慮に近づかれてのけ反りそうになれば、ラシェルの背に触れる者がいた。


「待たせたな。ラシェル。彼女は僕のパートナーだ。失礼させていただくよ」

 優しげな言い方なのに、ヴァレリアンの目が鋭い。男は迫力に負けて、すごすごと引き返していく。

「助かりました。そろそろ足が痛くなっていて」

「誘う男はずいぶん多かったようだな。何か危険はなかったか?」

「何もないです。肩透かしを食ったくらいに」

「それならばいい」


 小声で話しながら、ヴァレリアンは歩くように促す。もう会場を出る気か。

(王宮で会う人って、どなただったのかしら)

 わざわざ王宮で会うことにしたのは、建国記念日ならば疑われることなく、話ができるからだろう。パーティには多くの貴族たちが参加する。ここで誰と誰が話していても、公爵と接触したとは思われにくい。隠れて会っていたところを見ると、さらに気を使って会ったのだろうから、それなりの協力者なのかもしれない。


「ラシェル様?」

 廊下を歩いていると、ふと声を掛けられた。聞き覚えのある声に、ラシェルはその声の主を見遣った。

「シェリー?」

「ラシェル様! ご無事で!!」


 王宮にいた頃、閉じ込められていた中、食事を持ってきてくれたり、色々な情報を教えてくれたりしたメイドだ。

 シェリーは泣きそうな顔になって、ラシェルが伸ばした手をぎゅっと握った。


「よ、良かったです。亡くなったと聞いて、私、私!」

「心配かけてごめんなさいね。また会えるとは思わなかったわ」

「クリストフ王子が、ラシェル様が生きていると仰っていて、私、もう、混乱して。お葬式も行われたと聞いていたのに」

「人違いだったのよ。クリストフがそんなことを言っていたの?」

「大変だったんです。お出かけになっていたクリストフ王子が、戻ってくるなり、王妃様と言い争いになって、他の婚約者候補たちやメイドなどにも、脅すような態度をされて」


「脅す? クリストフが?」

「雰囲気は恐ろしく、メイドたちは逃げ惑っていました。私はそのような目には遭わなかったのですけれど、同じ宮で働いていた子が、髪の毛を引っ張られて、床に突き飛ばされたりして」

「なんですって?」


 クリストフは公爵領から戻り、騒ぎを起こしたと聞いたが、よほど当たり散らしたようだ。ヴァレリアンを見れば、不快そうな視線を向ける。メイドに暴力を振るうなど、恥ずかしい真似をしたと言わんばかりだ。


「本日、王妃様やクリストフ王子がパーティに参加されていないのは、そのせいで」

「そうなのね……」

「あの、ラシェル様は……」

「彼女の婚約者だ」


 シェリーが横目で見たヴァレリアンが、さも当然と言わんばかりに、ラシェルを引き寄せた。シェリーが感極まると、頬を染める。


「そうでしたか。それは、良かったです! その、クリストフ王子は、あのようですから、ラシェル様にはお幸せになってほしくて」

「ありがとう。君も、ここで長話をしているとまずいだろう。誰にも聞かれていないと思うが、気を付けた方がいい」

「は、はい。ありがとうございます!」

 ヴァレリアンが謎の笑顔を向けるので、シェリーがポッと頬を染めた。その外面の良さに騙されないでほしい。


「私も結婚することになって、メイドは辞めることになったんです」

「まあ、おめでとう!」

「やっとと申しますか。辞めることになって安心しているんです。このところ、王宮は良い雰囲気とは言えませんから」


 シェリーはほんのりと笑い、ラシェルとヴァレリアンを見送った。








「あの言葉に、王宮の全てが語られていたな」

「そうですね……」


 シェリーはメイドや他の婚約者候補たちの嫌がらせを、不快な気持ちで見ていただろう。誰もが王妃の意向に添い、口を出せば王妃から締め出される。雇われている身、しかも相手は王妃なのだから、そう簡単に対抗はできない。一人我慢して、少しでもラシェルを助けられるように、日々気を遣ってくれていた。

 その子にとって、王宮は辛いものだったに違いない。


「それにしても、拍子抜けしました。こんなになにもなく、王宮から帰ることができるなんて」

 結局、王妃やクリストフ、その他大勢の関係者に会うことがなかった。他の婚約者候補たちも見ていないのだから、全員欠席したのだろう。イヴォンネまでいないとは思わなかった。彼女は嫌がらせには関わっていない。


 クリストフが好きすぎて、ラシェルを恨みの対象にしていたが、彼女自身は潔白だ。ただ、視界が狭く、一度決めたらそれ以外が目に入らなくなるふしがあるため、盲目的になりやすく、ラシェルが悪となれば、覆されることはなかった。

 あの性格では、王妃は操りやすかっただろう。父親は伯爵で、野心もあるため王妃に従順だ。ラシェルの暗殺には関わっていないと思うが。オーグレン伯爵も来ていなかったのだろうか。


「とにかく、無事に帰れそうで、安心しました」

「残念だが、そうはいかなそうだ」

 ヴァレリアンがラシェルの肩を押さえた。途端、ガタリと馬車が縦揺れし、急停車する。


『ラシェル! 変な奴らに囲まれてる!!』

「甘かったみたいです。襲撃です!」

「ここで大人しくしていろ!」

「公爵様!? 街中ですよ!?」

「街中の方が襲撃しやすいだろう!?」


 馬車が停まった途端、ヴァレリアンは馬車を飛び出していった。

 道端で、覆面を被った男たちが剣を持ってヴァレリアンに向かってくる。馬車を守る騎士が、その前に剣を振るった。


 そこまで広い道ではない。襲撃者たちと騎士たちとがごっちゃに混じり、戦いが繰り広げられる。

 ヴァレリアンはその中で一番、一際輝くように躍動していた。魔法を使い、男を飛ばし、剣を振り下ろし、炎で焼く。


『えげつなーい』

 トビアの嫌そうな声は、ヴァレリアンが炎を使ったからだろう。覆面たちの中にも魔法を使う者はいて、騎士の一人が石のようなつぶてを当てられて、地面に倒れ込んだ。

 その騎士を倒した覆面男が、ラシェルへ視線を向ける。飛んできたつぶてが馬車を突き刺した。


 否、それは風の壁に遮られて、宙に浮いたまま静止すると、巻き戻るように男へ戻り、その肩や腹を突き刺した。


「ラシェル。少し下がっていろ」

 馬車から身を乗り出しすぎた。頷いて、ラシェルは馬車の奥へと下がる。今の風の力は、ヴァレリアンのものか。ヴァレリアンは馬車に乗り込み、出入り口を塞ぐように立ちはだかった。


 大抵は治められたのか、騎士たちによって男たちが拘束される。

 集められた男たちは後で連れてこいと、ヴァレリアンは馬車を出て、ラシェルに手を伸ばした。車輪が壊れて動けないようだ。ここで直している暇もないのだろう。

 馬を一頭手にして、ラシェルを抱えた。


「また襲撃があるのでは?」

「王妃の命令ではないな。やり方が冴えない。襲撃にあまりなれていなそうだな」


 その言い方はどうかと思う。襲撃が弱かったように思えるのは、ヴァレリアンやその騎士たちが強いからではないのだろうか。しかし、ヴァレリアンは首を振った。王妃の手は、こんなに容易く倒せる相手ではない、と。


「さて、いったい何者の仕業だろうか」

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