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24 王宮

「ブルダリアス公爵、ボワロー子爵令嬢のご登場です」


 その声に、部屋にいた者たちが一斉に扉の方へ顔を向けた。

 視線が痛い。


 ブルダリアス公爵が現れたと知り、会場にいた人々は一気に扉の方に注目した。ヴァレリアンが表に出てくるのは何年振りかなため、あれがブルダリアス公爵なのかと、一目見たいと思う者が多いからだ。

 一緒にいるのは、ボワロー子爵令嬢。顔に見覚えはなく、一体誰なのか、どこの田舎の娘を連れてきたのかと噂をする。

 ラシェルの顔に驚愕している者は、今のところ一人もいない。

 隣でヴァレリアンがいたずらっ子のように肩を竦めた。


 死んだボワロー子爵令嬢以外に、ボワロー子爵令嬢がいたのか。そんな声が聞こえてくる。

 それでも、その程度の困惑で、ラシェルがその人本人だとは、わかっていない。


「橋から落ちたことは知っているだろうし、葬式も終えたことは、耳にはしているだろう。葬式自体は家族だけで行ったようだが、死んだということは噂されている」

 だから、名前を聞いても、生きているとは思わない。ラシェルは顔を知られていないのだから、死んだボワロー子爵令嬢の他に、ボワロー子爵令嬢がいたのか? という疑問があるだけ。

 ざわついた中、ラシェルが来たとは、誰も考えないのだ。


(当然よね。私は死んだことになったのだから)

 まさか、パーティに訪れて、それがブルダリアス公爵と現れるなど、思いもしない。

 ラシェルが表にほとんど出ておらず、王妃がクリストフの婚約者候補だと、一度も披露目に出さなかったおかげと言うべきか。


 ヴァレリアンが、ラシェルを子爵令嬢として出席させると言った時、耳を疑った。

 そんな真似をすれば、王妃から何を糾弾されるか。

 しかし、ヴァレリアンは、ラシェルを伴うと決めた時に、ラシェルを子爵令嬢として連れて行くことを考えた。

 ミシェル・ドヴォス男爵令嬢として偽れば、どうやっても糾弾される。公爵領で偽っていたことについてはさておき、建国記念のパーティで、王族を前に偽れば、それだけで罪になる。

 だとすれば、堂々と、子爵令嬢として出席すべきだと。


 たしかに、偽れば罪だ。

 では、ボワロー子爵令嬢として現れれば、それはそれで糾弾されるだろう。そう思ったのだが、

(クリストフが、王宮で暴れた噂が出たとはねえ)


 クリストフは王宮に戻ると、騒ぎを起こしたそうだ。ヴァレリアンのスパイからの情報だが、王宮にいた者たちのほとんどが知っているほど、激しい騒ぎだったらしい。

 その騒ぎの原因については緘口令が敷かれているが、そのスパイ曰く、ラシェルについて揉めていた。とのことである。

 そのため、子爵令嬢として現れても、糾弾されることはないとふんだのだ。


(遺体を持って帰って、葬式まで出しているのだもの。それで生きていたら、王妃は騙したのかと憤る真似をしてくると思うけれど)


 ヴァレリアンは、クリストフに知られた時点で、それは難しいと考えたようだ。

 ラシェルが嫌がらせを受けていたことを、クリストフがやっと気付いたからである。

 ヴァレリアンはラシェルを助け、しばらく匿っていることにするつもりだ。騎士に殺されそうになり、川に落ちて、一命を取り留めた。

 王妃はラシェルを見れば、すぐに何か言うだろう。言わねばならない。死んだはずの婚約者候補が生きていたのだから。その時の言葉に、ヴァレリアンが対処するということだが。


(一緒に来ると啖呵を切っておきながら、不安で仕方ないのだけれど。これでヴァレリアンになにかあれば、公爵領の皆に、恨まれるどころではないわ)


「知り合いはいるか?」

「え、は。あ、そういえば、まったく、誰もいませんね」

 王妃とクリストフは後から来るとして、それでも知った顔が皆無だ。王妃の取り巻き令嬢たちも、どこにもいない。

 イヴォンネはクリストフと一緒に登場するとしても、他の令嬢たちも、誰も参加していないとは。


 建国記念のパーティであれば、婚約発表の場として丁度良いだろうが、クリストフの状況を見るに、それは難しい。王妃であれば、無理にでもクリストフの相手として、イヴォンネを連れて行くようにと命令しそうだが、ラシェルのこともあって、令嬢を連れてこないとすれば、イヴォンネもこの会場に来ていてもおかしくないのだが。


「ここまで誰もいないなんて、あるのかしら」

「お待ちいただいております皆様に、お知らせがございます」

 突然、誰かの声が届いた。やっと王妃とクリストフが来るのか。ヴァレリアンに添えていた手に力を入れる。


「王妃様、クリストフ様、両お二方の体調がすぐれぬため、本日はどうぞ、皆様だけでお楽しみいただければと存じます」

 男の発表に、皆がざわついた。

 建国記念日のパーティに、主催である王族が誰も来ないなどと、聞いたことがない。

 そして、当たり前に王の参加はなかったのか、王が来ないことも言われない。

 ラシェルがヴァレリアンを仰ぐと、ヴァレリアンは、小さく笑んだ。


「勝負はあったのではないか?」

「まだ揉めていると言うことですか?」

「そうとしか考えられないな」


 良かったと思ってよいのだろうか。緊張していた分、脱力しそうになる。

 そのうちダンスの音楽が流れてきて、皆の注目はヴァレリアンに集まった。


「お手をどうぞ」

「力が抜けて、転びそうです」

「僕がしっかり助けますので、安心してください」

 嘘くさい話口調に、少しだけ力が抜ける。

 ゆっくりと踊りだし、ヴァレリアンはラシェルをリードした。


「練習でもしたのか? 前よりも上手くなっているな」

「しておりません。下手を前にして、変に褒めるのはおやめください。足を踏んでしまいます」

「踏んでも構わないよ」

 ヴァレリアンはラシェルを浮き上がらせた。周囲が、わっと声を上げる。

 なぜここで目立つ真似をするのか。


「公爵様!?」

「ヴァレリアンだ。婚約者どの」

「婚約者は、ミシェル・ドヴォス男爵令嬢です」

「仕方ない。彼女とは婚約破棄をして、新たに婚約を進めよう。両親に許可はいらないな。娘は死んだようだから」

「死亡届が出ているので、存在していないかと」

「すべてなんとかしよう」


 ヴァレリアンの微笑みに、くすぐったさを感じて、口を閉じたままにする。

 この時に、力を抜き過ぎたのかもしれない。王宮で何が起きたのか、ラシェルに想像することはできなかった。

 少々浮かれていたのだろうか。

 王宮で、ヴァレリアンと踊ることになるなんて、と。


「少しの間、ここを離れる。できるだけ一人にならず、必ず人の目のあるところにいろ。ダンスを受けて、時間を使ってくれ」

 ヴァレリアンはパーティで人に会う予定だ。その言葉に頷いて、踊り終わると、ラシェルは一人、そこに残る。

 一人で会場を出て行ったヴァレリアンは、どこで誰と会うのだろう。


「ご令嬢、よろしければ、僕と踊っていただけませんか」

「私といかがですか」


 ヴァレリアンが離れれば、見知らぬ男たちがダンスを申し出てくる。ここで逃げて、一人になるより、踊っていた方が安全だ。

 ラシェルは微笑んで、一人の男の手を取った。

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