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22 怒り

 クリストフ王子が王宮に戻ってきたとの連絡を受けて、イヴォンネは急いで宮殿にやってきた。


 王宮のメイドから聞いた話によると、クリストフ王子は地方にある宮へ行きたいと申し出た。その用意がなされ、クリストフ王子はそこへ訪れたそうだが、その宮から狩りに行くと言って、その日に帰ってこなかった。

 宮の者が慌ててクリストフ王子を探しに行ったがどこにもおらず、大変な騒ぎだったそうだ。


 兵士を出し、大騒ぎになったところ、狩りではなく、ブルダリアス公爵家へ行ったのだとわかった。

 急いで迎えを出して、その後、その話は王妃の元へ届いた。

 王妃はひどく怒り、すぐにクリストフ王子を呼び戻すように命令した。

 そうして、やっとクリストフ王子が帰ってきたと、イヴォンネに連絡があったのだ。


 教えてくれたのは、王妃ではなく、懇意にしている、クリストフ王子付きのメイドだが。

(どうして、王妃様からお知らせがなかったのかしら)


 最初、クリストフ王子は、今までの気分を晴らすために、地方へ疲労を癒しに行くと聞いていた。王妃も賛成し、地方への休養を勧めたのだ。

 ボワロー子爵令嬢の葬式の件などもあり、クリストフ王子が深く心に傷を負い、無気力になっていたこともあって、少し休みたいという希望を叶えた形になる。


 その時のクリストフ王子は、暗い表情もなく、気分転換を楽しみにしているような、期待を持った表情をしていたそうだ。

 だから、王妃は許可を出したのだろう。

 最近のクリストフ王子は、涙を流しては、ボワロー子爵令嬢のいた宮に足を向けていた。それを考えれば、地方へ行って、ボワロー子爵令嬢のことを、きっぱり忘れるつもりだと考えたに違いない。


 その気分転換も終えて、王宮に帰ってきたのだ。


「王妃様の謁見は、まだ許可が出ないのかしら?」

「申し訳ありません。どうやら、緊急の用向きがあるようで、ご連絡ができない状態です」

 先ほどからそればかりだ。緊急とは、一体何があったと言うのだろう。


 イヴォンネは息を吐いて、出された紅茶を飲み干す。

 連絡をくれたメイドもやってこない。連絡をよこしたのだから、クリストフ王子に会えるよう、手筈をしてくれればいいものを。

 毒突きたくなるのを我慢して、声がかかるのを待っていると、そのメイドがやっと部屋にやってきた。


「遅いわ。一体どうしたの。クリストフ様は戻ってきたのでしょう?」

「申し訳ありません。その、」

 メイドは視線をさまよわせる。何を言うべきか考えるようなその態度に、怪訝な表情を向ければ、困惑げに話し始める。


「クリストフ様は、どうやら公爵領に訪れていたようなんです」

「公爵領?」

「ボワロー子爵令嬢のご遺体が見つかった、ブルダリアス公爵領です」

「なんですって!?」

「それで、ずっと王妃様と言い争っていらっしゃっているのです」

「王妃様と、クリストフ様が??」


 メイドは頷く。

 クリストフ王子が王妃と言い争う姿など、見たことがない。ボワロー子爵令嬢の件で、話し合うことはあっても、大抵王妃の意見に納得して、頷く程度。言い返すことがあっても、たしなめられて納得するのが普通だ。

 それが、言い争うなど。


「何があったの?」

「……私には、何も。ーーーただ、クリストフ様が、見たことのない恐ろしい形相をして、王妃様に詰め寄っていらして、皆がクリストフ様のお怒りに怯えるほどで」

「怯えるなどと。クリストフ様に限って、そのようなお怒りを見せたと言うの?」

「とても、恐ろしいお顔でした。私たちは部屋を出されて、今は部屋に誰も近づけない状態です」

「そんなこと……」

 そんな姿、見たことがない。イヴォンネは立ち上がった。


「クリストフ様はどこにいらっしゃるの!?」

 ブルダリアス公爵領でなにがあったのか。王妃と言い争うようなことが起きたのか。

 なぜかひどく不安になってくる。


(普段あれだけ穏やかな方が、最近ずっと苛立たれていて、けれど、やっと穏やかなクリストフ様に戻られたと思ったのに)

 ボワロー子爵令嬢のことも吹っ切れて、地方へ疲れを癒しに出発したのではなかったのか。


「話が違うわ」

 王妃からの呼び出しを、心から待っていたのに。


 王妃とクリストフ王子が言い争っているという部屋に足を進めていれば、まだ部屋の前にきているわけではないのに、大声がどこからか聞こえた。


 内容はわからないが、ひどく言い争っている。

 しかも、怒鳴り声は、クリストフ王子のものだ。王妃の声はほとんど聞こえず、クリストフ王子の激しい怒鳴り声が響き渡っている。


「イヴォンネ様、お近づきにならない方が、良いかと思います」

「けれど、こんな……」


 イヴォンネは唖然とした。言い争っていると聞いても、ここまでひどいものだとは。

 近くを歩くメイドたちが、肩をすくめ、青白い顔をして通り過ぎる。首を垂れてイヴォンネに挨拶するが、皆が大声に恐れて逃げ出しているように見てた。

 そしてそのうち、悲鳴が聞こえた。


「なに、なんなの?」

 ばたばたと、走る足音が廊下に響く。そうして、再び悲鳴が聞こえる。女の悲鳴だ。

 王妃ではない。

 何事なのか。


「イヴォンネ様、やはり、お戻りになった方が良いかと。様子を見られるのは、後になさってください」

 メイドが屋敷へ戻るように言ってくる。

 けれど、せっかくここまで来たのに。そう言おうと思ったが、イヴォンネも廊下の異様な空気を感じ取っていた。


 せめて、王妃と話ができないだろうか。

 少しだけ足を進めて、イヴォンネはそれを後悔した。


「クリストフ、さま……」

 廊下を曲がってきたクリストフ王子が、まるで別人のようにイヴォンネを一瞥する。


「あ、く、クリストフ様に、ご挨拶を」

 普段ならば笑顔で紡ぐ言葉が出ずに、イヴォンネはぎこちなく挨拶をする。しかし、クリストフ王子は何も言わず、大股でイヴォンネに近づいてきて、すぐ目の前までやってくると、今までにないほど接近して、顔を寄せた。


 もし、普段ならば、舞い上がるほどに喜んだだろう。微笑まれて、何かを囁かれれば、天にも舞う勢いで歓喜しただろう。

 しかし、イヴォンネは目の前に壁のようになって見下ろすクリストフ王子の形相に、息を呑んだ。


「母上が、何をしたか、知っているか?」

「王妃、様が、な、なんのことでしょう、きゃあっ!」


 クリストフ王子は壁に押しやるように、イヴォンネに詰め寄った。

 吐く息がわかるほど近くにある、クリストフ王子の顔は、どんな言葉を口にしても、そのまま首を切られてしまいそうな気がするほど恐ろしく、イヴォンネの体を一瞬にして震え上がらせる迫力があった。


「どうして、ここに?」

「お、お戻りになられたと、聞いたので、お、お茶でも、できないかと」

「茶に、妙なものを混ぜたりか?」

「な、なんの、お話ですか?」

「知らぬふりか?」

「わ、わたくしは、なにも。何のお話を、しているのか」

「では、誰が知っている? 誰が、ラシェルを殺そうとした?」

 バン、とクリストフ王子が壁を叩きつけた。イヴォンネの肩が、びくりと揺れる。


「お前も同じ目に合わせてやろうか? ラシェルに、なにをした。言ってみろ」

「わ、わたくしは、なにも。なにも、存じません!! きゃあっ!」

 クリストフ王子が、もう片方の手を壁に叩きつけた。ガタガタと震えるイヴォンネが座り込むと、クリストフ王子は見下すようにイヴォンネを見下ろして、そうして、廊下をゆっくりと過ぎていった。


「い、イヴォンネ様! 大丈夫ですか!?」

「な、なにが、起きたの? ねえ、クリストフ様は、なんの話をされていたの??」


 しがみついて問うイヴォンネの言葉に、メイドはただ、申し訳なさそうに、視線を逸らすだけだった。

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