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15−2 パーティ

「大丈夫ですか? ご気分が悪いのであれば、こちらへ」


 ふらつく男を、ウエイターの男が連れて行く。ヴァレリアンの手の者なのだろう。落としそうになったグラスを手にして、男を部屋から出した。


 細身の五十代くらいの男で、ふらふらと眠そうにしているところを、連れて行かれる。周囲を見回して別の部屋に入ると、ヴァレリアンと共にラシェルもその部屋に入り込んだ。

 真っ暗な、カーテンが引かれた休憩用の部屋だ。そこにはコンラードがおり、ヴァレリアンはソファーに座り込む男を確認した。扉にウエイターの男が立ちはだかり、廊下からの侵入を見張った。


 ヴァレリアンは手袋を取ると、男の額に手を乗せる。何をする気なのか。コンラードが持ってきた、大きな水晶のような透明の石に、逆側の手を乗せた。


「お前の名前は、グラウド・ディレン男爵だな」

「……はい、そうです」


 グラウドがぼんやりとした声で呟くように返事をする。催眠にでもかかっているようだ。

 ヴァレリアンはグラウドの額に手を乗せて、ガラス玉に触れたまま、いくつか質問をした。それはグラウドが本人か、質問の答えが合っているかを確かめているようだった。


『珍しい魔法を使うね。すっごく、高度な魔法だよ』

 頭の中に聞こえるトビアの声に、ラシェルも頷く。

 人の心をのぞく、高度な魔法。グラウドの言葉に反応して、ガラス玉が不思議な光を発している。透明だったガラス玉に霞がかかったようになり、質問をすれば、それに関係する、その時の姿が浮かび上がった。


「現在の王妃の名前は?」

「エルヴィーラ」

「エルヴィーラが、ブルダリアス公爵夫妻を殺したのは知っているな」

「知っている」

「どうやって殺したか、お前は知っているな」

「知っている」


 質問が少しずつ物騒な話になってきた。

 このままここで聞いていていいのか。これを知れば、ラシェルは間違いなく巻き込まれる。いや、今でも巻き込まれているが、これ以上知れば、後戻りできなくなる。


 ガラス玉にうつるのは、木々のある場所。どこかの庭園なのか、木漏れ日の隙間に、扇を片手にした女性がぼんやりとうつった。


「事故に見せかけて、盗賊が襲ったと偽造した。強盗はみな、不審死を遂げる」

 女の口がゆっくりと動く。話しているのはグラウドだが、まるで女が話しているかのようだ。クリストフと同じ、柔らかそうな金髪をまとめた、王妃エルヴィーラ。毒々しい真っ赤な口紅をして、まるで魔女のように不気味な笑いを見せる。


「すべて処分を。誰も事実を知らない」

 エルヴィーラが高笑いをする。

 あのようなものを見て、ヴァレリアンは耐えられるのか。ヴァレリアンは拳を握りしめたまま、微動だにしていない。コンラードも気になったか、ちらちらとヴァレリアンを見やる。


 ガラス玉にうつったぼやけた絵の中で、誰かの手が伸びた。

 手の中にあるのは、一つの指輪だ。素朴な図案だが、いくつかの小さな宝石が散りばめられている、品の良い、高価そうな指輪だ。


「母上の」

 ヴァレリアンが小さな声で呟いた。


「あの女には必要のないものね」

 そう言って、指輪を放り投げる。

「ヴァレリアン様!」

 グラウドの言葉に、ヴァレリアンが剣に手を伸ばした。すかさずコンラードがそれを止める。


「この男を殺しては、公爵夫妻殺害の証拠が掴めなくなります!」

 必死で止めるコンラードに、ヴァレリアンが歯噛みする。グラウドはうつろだったが、そのままゆっくりと眠りについた。ヴァレリアンの魔法のせいで疲労したのだ。あの魔法は、記憶を操るため、精神面で疲弊する。

 それは、掛けた本人も同じだが。

 ヴァレリアンは真っ青な顔をしていた。剣を握る手をやっと緩めて、踵を返す。


「そいつを連れ帰って、閉じ込めておけ」

 怒りを滲ませた、低い声音が、彼の恨みを表していた。








 パーティから帰って、公爵領土に戻ると、ヴァレリアンは自分の部屋に閉じこもった。

 数日かけてカバラ王国のパーティに出席した理由が、両親を殺した相手を調べるためとは。


 ラモーナは詳しく聞いていなかったのか、ヴァレリアンの雰囲気を気にしていた。ヴァレリアンはなんでもないと笑って返すのを見て、ラシェルを横目で見るのだから、ラモーナは何も知らないはずだ。

 これで完全に関わることになる。今回は薬をグラスに混ぜるだけだったが、そのうち王妃のグラスに毒薬を入れろと命令されそうだ。


 公爵夫妻が亡くなって長い時間が経っている。証拠を集めるのは難しい。どうやってグラウドを知ったかはわからないが、深く関わっていることを、今頃見つけたわけだ。ヴァレリアンは王妃の悪行を公にする気なのだろう。

 もしも、王妃が公爵夫妻を殺したことが公になったら、王弟を殺した罪で間違いなく投獄。

 クリストフも、ただでは済まない。


「クリストフは気付かないでしょうね。知ったことじゃないけれど」

「なんだって?」

「なんでもないわ。それで、なにかあったの? 急に呼び出して」


 サイラスの店に呼ばれて、ラシェルは城を抜け出してきた。追跡はないため、気にせずカウンターに座る。

 もう店じまいだと扉に鍵をかけてから、サイラスは向き直った。なにか言いにくいことでもあるのか、一瞬間を置く。


「なにかあった?」

「子爵令嬢の死体が出た」

「え?」

 子爵令嬢とは誰のことだ。つい問いたくなるが、子爵令嬢で思い浮かぶ人は一人しかいない。

「身代わりを作ったようだな。王子の騎士たちは、王宮に戻っていった。王妃の仕業だろう」


 ラシェルの死体が出た。ラシェルと同じ衣装を着た女性の死体が、見つかったのだ。

 死体は海に流れ着き、傷だらけで、まともに見られる状態ではなかった。しかし、衣装が同じならば、確認する必要もない。

 アーロンたちはそれを持って、王宮に戻ったのだ。


「同じ髪色の女を見繕って、殺したんだろう。ひどい状態だったようだから、瞳の色まで確認したりしない。ひどいもんだな。これだけ経っても王子の騎士たちが帰ってこないから、いい加減諦めろってことだろう」

「王妃のことだから、足が出ないような子を殺したんでしょうね。その子の身元を確かめるのは……」

「難しいだろう。貴族のわけがないし、平民で、孤児かなにかじゃないか」


 王妃のやりそうなことだ。クリストフがいつまで経ってもアーロンを捜索に出しているので、やきもきしていたのだろう。子爵令嬢など忘れてもらって、早く伯爵令嬢と婚約させたいのだから。

 それで、関係のない女の子を殺める。


「吐き気がするわ」

「王宮には報告が入っていて、葬儀の日にちも決まったそうだ。子爵家は王妃の言いなりだな」


 それはそうだろう。金をもらって子供を差し出したら、王妃の宝石を盗んで流刑のような扱いを受けたのだ。金を返さなければと焦っただろうし、そこで王妃が葬式を出せばいいと言えば、喜んでラシェルの葬式を行う。


 これでなかったことにできるかもしれない。死んでしまったラシェルが、これ以上罪を重ねることはない。王妃は押し付けがましく言うだろう。ラシェルの罪は問わないと。ラシェルの両親は金を返せと言われないのならば、胸を撫で下ろすはずだ。


 だが、これで、やっと落ち着くことができる。


「大丈夫か?」

「どうってことないわ。これでばれることは無くなったわけだし。晴れて自由の身になっただけ」

「それなら、いいんだが」


 これで良かったのだ。やっと煩わしさから抜け出せた。

 ただ、それだけだ。

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