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15 パーティ

「どうして、私はこんなところにいるのかしら」

「ミシェル。そろそろ僕たちもダンスを踊ろうか」


 誰が僕たち。

 伸ばされた手を、ラシェルはすがめた目で見たくなる。


「子爵令嬢と紹介してほしいか?」

 ヴァレリアンが耳元で囁いた。今すぐに足を踏みたい気持ちを抑えて、その手を取る。


「わたくし、あまりダンスが得意ではないので、おみ足を踏んでしまうかもしれませんわ」

「僕がエスコートするのですから、安心してください。どれだけ下手でも、あなたを恥ずかしい目に遭わせたりしませんから」


 にっこり笑顔をされると、なおさら足を踏みたくなる。すっと足先を伸ばせば、すぐに避けられた。

 腹が立つ。

 どうしてこんなことになるのか。


 暗殺事件が終わった後、ヴァレリアンはお詫びと言いながら、なぜか服を贈ってきた。ラシェルを着せ替え人形のごとく、何着ものドレスを着せ、そこからヴァレリアンがラシェルの服を選んだ。

 まるでクリストフの前に出る時に着るような、豪華なドレス。装飾品や靴までも。

 そうして連れてこられたのは、ヴァレリアンの妹、ラモーナが嫁いだ隣国の、王宮で行われるパーティだった。


「不満そうな顔だな」

「不満ですから」

「パーティに出席したことが? 美しいドレスを着たことが?」

「どちらもです」


 踊りながら、ヴァレリアンが問うてくる。問わずともわかっているだろうに。微かに口端を上げるその顔を、そのままつねって引っ張って、天井のシャンデリアから吊るしたい。

 おかしいと思ったのだ。届いたドレスを前に、ダンスが踊れるのか聞いてきた。無理だろうな。と煽ってくるあたり、いい根性をしている。踊れると答えれば、さも嬉しそうに微笑んだ。


 隣国カバラ王国に嫁いだ、ヴァレリアンの妹の縁で、パーティに出席することになった。

 そのパートナーとして、なぜかミシェルが選ばれたのである。

 公爵が男爵令嬢を連れていることに、周囲はなんと思うだろう。と言い訳してお断りをしたかったのだが、ヴァレリアンは笑顔で無視してきた。


 まったく、冗談ではない。

 ヴァレリアンは気にもしていないと、ダンスを終えて集まってくる者たちに、ミシェル・ドヴォスを紹介した。


「お兄様、とても目立っていたわ。ミシェル。あなたもとても素敵よ」

「ありがとうございます。アルドリッジ公爵夫人」

 ヴァレリアンの妹、ラモーナ・アルドリッジ公爵夫人。同じ黒髪黒目だが、ヴァレリアンに比べて、とても柔らかな雰囲気を持っている。兄とは違い、おっとりとした美女だ。


 ヴァレリアンの母方の祖母は、カバラ王国の人間だ。侯爵家に嫁いだが夫が死去し、カバラ国に戻った。そのため、ヴァレリアンはカバラ王国との繋がりがある。妹を守りながら公爵家を支えられたのは、その繋がりのおかげだろう。

 ラモーナは、細身で、儚さを感じるような、穏やかな印象だ。ヴァレリアンはその微笑みを見て、同じように柔らかに笑う。

 こちらに来てから、ヴァレリアンの薄ら笑いしか見たことがなかったが、あんな顔をして笑うとは。


(よっぽど仲がいいのね)


「ラモーナと呼んでちょうだい。兄のパートナーなのだから、気にしないで」

 むしろ気にするので、そんなことを言わないでほしい。

 ラモーナは、何か知っているのか、ラシェルを連れてきていることを疑問に思っていないようだ。身分が離れすぎているのだから、何か言ってもおかしくないのに。


 さすがに、ラモーナにラシェルが元子爵令嬢とは、伝えていないだろうが。


 ヴァレリアンはラモーナの夫のアルドリッジ公爵と話している。集まってきた男性たちの中に、フリューデン王国の者はいないのだろうか。王宮にいる間、ラシェルはメイドの格好でうろついていたが、貴族たちの名前と顔が一致しているわけではない。

 わかっているのは、王妃と共にいる令嬢たちくらいだ。

 王が病で表に出てこなくなったことから、王妃に与する貴族は増えている。誰が王妃と繋がっているかなど、ラシェルにはわからない。


 ラシェルはグラス片手に、パーティの会場を見回した。

 こちらでヴァレリアンは有名らしく、恨みがましい目で見てくる女性が多い。ラモーナが気を遣って、何人かの女性を紹介してくれたおかげで、男爵令嬢であることを嫌味に言ってくる者はいないが、遠くでラシェルへの文句を言っている者はいるようだ。


『男爵令嬢? って笑ってるやつらがいる。あの女、ぶすねえ。って言ってる! あいつら、流していい!?』


 トビアが暇まかせに話を盗み聞きしながら、報告してくれる。最近トビアを水のある場所に連れて行っていないので、ストレスが溜まっているようだ。街にいた頃は、夜中川に連れて行き、よく遊ばせていた。子爵家にいた頃は、お風呂で好きに遊ばせていたこともあるが、こちらではそれも簡単にはいかない。

 近いうちにストレスを発散させてあげた方が良さそうだ。それはラシェルもだが。


 放っておくように、よくよくトビアに言い聞かせて、ラシェルはテラスに出た。さすがに疲労がある。久し振りのダンスはともかく、ヴァレリアンのパートナーとして立ち回らなければならないのは、中々気疲れする。

 それに、


「フリューデン王国の人間は、他に来ていた?」

『わかんない。僕が知ってる顔はいなかったけど』


 トビアも自由に王宮を移動していた。知っている顔がいれば、トビアもわかるが、いないようで安心する。

 ヴァレリアンのパートナーとして、結構な目立ち方をした。ラシェルが気付かないところにいてもおかしくないが、トビアが見ていないのならば大丈夫だろう。

 それにしても、面倒なことをしてきた。その理由を、まだ聞いていない。


「こんなところで、休憩か?」

「慣れない場所ですから、少々疲れてしまったようです」

 俯きながら、ホウッと小さく息を吐いてみたが、ヴァレリアンは鼻で笑ってきた。


「子爵令嬢はパーティに参加しなかったようだな」

「貧乏ですので。ところで、そろそろ私をここに連れてきた理由を教えてほしいのですが?」

「君をパートナーとして連れてきただけだが?」

「まあ。そのような詭弁、私が信じるとお思いですか?」

「ふむ。どうしてそう思う?」

「どうして? 愚かな男の考え方は、いつでも偏り、想像力が足りないからに決まっているからです」


 愛する男と離れ離れにされた。その原因は王妃。そのせいで子爵令嬢は王宮から追い出された。

 嫌がらせを受けた本人が違うと否定しても、嫌がらせを受ければ恨むものだと信じて疑わない。

 その偏った考え方が変えられないのは、自らが強くそう思っているからに違いない。


 ヴァレリアンとラシェルでは、全く状況が違う。ラシェルは殺されかけたが、死んだわけではない。ヴァレリアンのように大切な者を失ったわけではない。それで王妃を恨み、仕返しをしたいとは思わない。面倒なだけだ。

 それが、ヴァレリアンにはわからない。

 同じような立場であれば同じことを考えるのかと思っているようだが、誰もが同じ思考を持っているわけではない。

 冷静に考えてもわかっていないのだから、偏りがあるのだと気付くべきだろう。


「だから、巻き込むな、と?」

「そのように聞こえませんでしたか?」

 どこにラシェルを知っている者がいるかもわからない。それなのに、こんなパーティに連れてくるのだから、ラシェルからすれば嫌がらせにしかならない。


「ふむ。本当に心残りがないのか。調べさせたところ、子爵令嬢への扱いは、それはひどいものだったようだが」

「それがどうしたというのです?」

 キッパリ言ってやると、ヴァレリアンは無言で口を閉じた。前も同じことを言ったのに、信じていなかったわけではないだろう。

 微かにでも、復讐したい気持ちがあると思っていたのだろうか。


 公爵家にメイドとしてやってきたことが、ヴァレリアンを勘違いさせたのかもしれない。

 王妃との関わりなど、そこまで詳しく知らないのだから、間違えないでほしい。


「そうか。では、言い方を変えよう。王妃の手下が来ているから、これを飲み物に入れるように」

 結局、そのつもりだったのか。ラシェルは頭を抱えそうになった。王妃への恨みを晴らす手伝いをさせる気だ。


「王妃の手下と、顔を合わせたくありませんので」

「水の精霊がいれば楽なものだろう? 毒を消せるのならば、毒も入れられるのでは? ああ、こんな男、助けなければよかった。など言わないでほしいな」

「まだ言っていません」

「顔に出ている。さあ、君には選択肢はない。ちょうど、あそこにいる男だ。ただ意識をおぼろげにするだけだ。心配するな」

「私を犯罪に巻き込まないでいただけます?」

「ここで正体を明かしてほしいか?」

 ヴァレリアンはニヤリと口角を上げた。やはりその口をシャンデリアに引っ掛けたい。


「あの男に、そんな薬を飲ませる理由はなんですか」

「なんだ。聞きたいのか?」

「巻き込むのならば、私には知っておく権利があるでしょう」

「それもそうだな。王妃のスパイだ。昔の事件に関わっている」

 公爵夫人を殺した事件の、関係者。ヴァレリアンにとっては、恨みを晴らす相手の協力者。


「公爵家に来たことが間違いだったな。ほら、行ってこい。それとも、ここからでもできるか?」

 手渡された瓶の中身は、たしかに意識が朦朧とする薬だ。トビアにとってたやすいことだが、それを飲ませて何をする気なのか。


「こんなところで殺すつもりはない。ラモーナに迷惑はかけられないからな」

「その言葉、忘れないでくださいよ」


 結局、王妃とやり合うことになる。その未来が、見えた気がした。

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