13 犯人
「随分と簡単に、雇い主をはいたようだな」
「そうですね」
「不服そうな顔をしているな」
「元からこの顔です」
ラシェエルの返答に、ヴァレリアンは横目にして笑う。
(そのすかした笑い方よ。腹が立って、仕方がないわね)
「次から、お茶は他の人に運ばせてください」
「毒を消すことができるのなら、君に運ばせる方が助かる確率は高いな」
ああ言えば、こう言う。ラシェルの頬がひきつりそうになる。
「暗殺は日常茶飯事だ。他人事ではないだろう?」
他人事に決まっているだろう。言い返したい。ラシェルは日常茶飯事ではない。前回が初めてである。
王妃は公爵夫妻で味を占めて、ラシェルを殺そうとした。これでヴァレリアンも死んだとなれば、パーティでも開くかもしれない。意気揚々として、次は誰を殺そうかと考えるだろう。
そう考えて、心の中でかぶりを振った。もう王妃に関わりたくない。
「未だ、葬式は行われていない」
誰のことか、疑問を持ったが、すぐに誰だか思い付く。ラシェルのことだ。もうどうでもいい過去なので、葬式なども勝手にすれば良いだろう。両親は終わりにしたがっている。
しかし、それではないと、ヴァレリアンがラシェルを見つめた。
「クリストフは、まだ、諦めていないみたいだな」
葬式を執り行う気があるのは、ラシェルの両親か。しかし、ラシェルは川に落ちたまま、まだ見つかっていない。普通に考えて、生き残る確率はないに等しい。
それでも足掻いているクリストフは、現実が見えていないだけだ。
大雨の中、吊り橋の上で馬車ごと流されたと聞けば、誰も希望を持つことなどできない。
事故から何日経っていると思っているのだ。それを直視できないとなれば、現実逃避でしかない。
「これだけ時間が経っても、遺体が上がっていないのにな。死体を見るまでは、とでも思っているのか」
知ったことではない。とにかくアーロンをさっさと連れ帰ってほしいだけだ。クリストフの命令で訪れている騎士たちは、まだ公爵領をうろついていた。死体を見つけるまで帰ってくるなとでも言われているのだろうか。同情する。
そして、彼らの中には、王妃の手の者が混じっているだろう。うっかり会って、正体を知られたくない。
ラシェルが黙っていれば、ヴァレリアンは鼻で笑って、ベッドの上で書類を手にすると、片手を振った。もう出て行けという仕草だ。
「お大事になさいませ」
「ああ、君が助けてくれた命だし?」
(やかましいわ)
声に出さず、ラシェルは部屋を出ていく。
「腹立つわね」
『助けなきゃよかったねえ』
(ほんとにね!)
若干顔色を悪くしているのが、無性に腹が立つ。ラシェルは叫びたい気持ちを我慢して、廊下をずかずか歩いた。
こちらがどれだけ焦ったか、あの男はわかっているのだろうか。
ラシェルが出したお茶を飲んだ途端、ヴァレリアンはそれを吐き出した。鮮血と共に。
毒を飲まされたと、叫ぶコンラード。集まってきた騎士たち。廊下はざわめき、怒号が飛び交う。大声に医者が走ってやってくる。
ラシェルを取り押さえている騎士たちが、処置を心配げに見つめていた。
なんの毒なのか、ポットを調べ、茶を調べ。そんなことをするより、含んだ茶以外のものを取り出せばいいだろう。
ラシェルの声にトビアが動いた。
突如現れたトビアが、溢れたお茶を絨毯から浮き上がらせる。渦巻いたそのお茶と、トビアの水が混ざり、怪しげな色が浮き上がった。
呆然と見上げる騎士たちが正気を戻す前に、その色が蒸発するように消えていく。
何が起きたのか、彼らが唖然としている間に、床に崩れるように倒れていたヴァレリアンが、むくりと起き上がった。
「毒を消してもらっておいて、演出が弱まったって、どういうことよー!」
やはり我慢できないと、ラシェルが外に向かってがなる。たまたま側を守っていた兵士に変な目で見られて、その視線を無視して再びずかずかと廊下を進んだ。
ヴァレリアンは、ラシェルを使う暗殺を想定していたのだ。
新しい者が側に仕えるようになれば、それを暗殺者の代わりにさせて、ヴァレリアンを殺す。それを想定していて、毎日ラシェルにお茶の用意をさせていた。
(頭おかしいでしょ!?)
新しく入った、新人メイドの男爵令嬢。身元は確かで、おかしなところはない。そこで公爵が自分付きのメイドにした。メイド長は使えると思っただろう。
カメリアの前の同部屋の相手は、ヴァレリアンを殺そうとして殺された。暗殺に失敗したからだ。
しかし、別に犯人がいるのではと、ヴァレリアンは考えていた。そのメイドは金に困り、暗殺を行ったが、毒をどこで手に入れたかわからなかったからである。それに加え、公爵家の外に出ていない情報を、公爵領内に住む貴族が知っていたため、本棟に入れる者をスパイとして疑っていた。
だが、本棟に入れる者の中でも、重要事項を知ることができるのは数人。書斎まで入ることができ、メイドの借金事情を知る者は誰なのか。
それが、メイド長とカメリアである。




