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12 毒

 バタバタと、本棟がにわかに騒がしくなっていた。

 衛兵や騎士たちが集まり、医師が廊下を走る。本棟で働く者たち、メイドやコックなどが一部屋に、一同集められた。


「なにが起きたの?」

「わからないわ」

「また、侵入者?」

「やだ、怖い」


 カメリアは話を聞きながら身震いをしていた。また、本棟で事件が起きたのだ。カメリアは長くこの公爵家で働いているが、忘れた頃に、こんな事件が起きる。


「カメリア。来なさい」


 集まっている者たちの中から、一人、カメリアだけ呼ばれて、ギクリとする。

 メイド長は目を眇めて、ついてこいとカメリアを促した。

 周囲の者たちは、カメリアが何かしたのではないかと、疑いのまなこを向けてくる。

 心臓が早鐘を打った。


「ミシェルの荷物を片付けてちょうだい」

「ミシェルが、なにかしたんですか?」


 カメリアの問いに、メイド長は横目で見ただけ。こたえる声はなく、部屋の前に着くと、メイド長も部屋に入る。


「どちらがあなたのベッドなの」

「こっちです」

 右側のベッドを指せば、メイド長はミシェルの物を片付け始めた。


 ミシェルは持っている物が極端に少ない。男爵令嬢だが、親と仲が良くないらしく、持ってきている物は一種類の普段着と、本一冊、小物程度だった。


「あの、ミシェルはなにをしたんですか?」

「あなたが知る必要はありませんよ。ですが、ここには戻って来ないでしょう」


 部屋になにがあるのか確かめるように、メイド長は物を片付ける。ベッドの奥や、机の後ろなど、およそ物が置いていない場所まで調べるようにして片付けた。


「なにもないわね」

 なにがあるかは言わず、目的のものは見つからなかったと、鼻から息を出して次の場所を探す。


「メイド長、すみません。食事ですが、各々部屋で食べるようにと言われたので、ここに置いておきますね」

「ああ、ありがとう」


 他のメイドが持ってきたトレーに、メイド長は先に食べておきなさい。と机に置かれた食事を指した。

 他のメイドたちも各々の部屋に戻り、食事を部屋で取っているようだ。ざわめきながら歩く者たちの声が、廊下に響く。


「メイド長、冷めてしまいますが」

 温かいスープもあるので、カメリアは声をかけた。メイド長も諦めたのか、ベッドの下にもぐってまでまさぐっていたのをやめて、仕方なさそうに腰を上げる。しかし、その手に袋のような物を持っていた。


「なんですか、それは?」

「さあ、なにかしらね。調べてもらうだけよ」

 やっと見つけたとでも言わんばかりに、口端を上げる。それで満足したのか、メイド長はトレーに乗せられた食事に手を出した。


「ミシェルは牢に入れられたのよ。だから、この部屋はあなた一人で使うといいわ」

「牢に入れられたって」

「公爵様が名指しで本棟にいれた子だったのに、残念で仕方ないわね」

「食欲がなくなりそうです」

「なにを言っているの、さっさと食べて、ミシェルの分まで働いてもらわないと。人手が足りないのに、また減るんだから」


 カメリアはこれ以上食べる気が起きないと、スープをすくっては、皿に垂らしている間に、メイド長はパンをちぎって、スープをつけて口に入れる。


「結局、なにがあったんですか」

「公爵様が、毒を含みになったのよ」

「毒!?」

「倒れて、今は意識がないとか。医師や騎士以外に、部屋に入れないわ。その犯人が、ミシェルだったのよ」

「そんな。どうして」

「ひどい子を側に置いたものね。公爵様も油断されて、警戒もせずに紅茶を飲んだのよ」


 言った瞬間、メイド長がゴホ、っとむせ始めた。器官にでも入ったのか、ゲホゲホと咳をしだす。しかし、咳が止まらないのか、息苦しそうにすると、抱えていたトレーを滑り落とした。


「メイド長!?」

「な、なん、ゲホ。なんで、ゴホ、」

「め、メイド長。どうしたんですか!?」


 まさか、毒なのか。メイド長が口だけでそう言った気がした。

 喉を押さえ、服をきつく握りしめて、食べた物を吐き出す。


「メイド長!」

「だれ、が、どく、入れたの」

 メイド長が床に這いつくばり、咳き込むと、再び食事を吐き出した。

「なんで、どくが、はいってる、」

「だ、誰か! 誰か、医者を呼んできて!」


 カメリアも叫びながら、しかし、吐き気を感じて、口元を押さえた。胃から食べた物が這い上がってきそうだ。

「うそ、やだ。げほ。待って」

 メイド長ほど、食事は口に入れていない。スープを少しすすっただけだ。それなのに。

 ゲホゲホとメイド長が咳き込むと、一気に食べた物を吐き出した。それを見て、カメリアも吐き気をもよおしそうになる。


「なんで、なんで、だれが、どくを、いれ」

 メイド長が苦しそうに床でもがいた。カメリアも辺りの匂いに影響されて、食べていた物を吐き出した。

「う、ごほ。げほっ。うそ、やだ」

 医者はまだ来ない。それどころか、誰もやってこない。扉は開いていて、こんなに大声を出しているのに。他の者たちは部屋で食事をしているはずなのに。


 それなのに、悠々と歩いてきて、こちらを見下ろした女がいた。


「み、ミシェル?」

「お、お前が、毒を入れたのか!?」

「さあ、なんのこと? そんなことより、これがなにか、知っているかしら?」


 ミシェルが据えた視線をよこした。手に何か持っていて、それをわざと見せつけるように、目の前に出してくる。

 それは、紅茶の入った缶だ。公爵に出すための、公爵専用のものだった。


「これに入っていた粉を、スープに入れたのだけれど。これに何か入っていたのかしら」

「ミシェル、なにを言っているの?」

 カメリアは体が凍りつきそうになった。

 スープに紅茶の粉を入れた? 紅茶の味などしなかった。それよりも、公爵が飲んだ、紅茶の瓶だ。カメリアは少しだけスープを口に含んだ。メイド長はスープを半分以上食べている。


 メイド長も真っ青な顔をして、もう一度ゲホリを咳き込み、口の中の物を吐き出す。部屋の中は異臭が立ち込めて、その匂いでカメリアはさらに気持ちが悪くなってきた。


「ミシェル、なにをしたの!?」

「さあ、なにかしら。知っても仕方ないんじゃないかしら。だって、あなた、死んじゃうんだもの」

「そんな、ばかなこと!」

 叫んだのはメイド長だ。カメリアも叫びたかったが、吐き気がして、それどころではなかった。


「あなたがいつまでも結果を出さないから、あの方から、もう用済みだから殺していいって言われたのよ。なのに、私を使って公爵を殺そうとするなんて、私が疑われてしまうじゃない。私もあの方に命令されてここに来たのに。あの方に、全然信用されてないのね。どちらにしても、もう死ぬだけだから、関係ないでしょうけれど」

「なんですって!?」

 ミシェルの言葉に、メイド長が息切れをしながら叫んだ。


「あの方が、実行が遅い上に、失敗した者を、捨て置くわけがないでしょう。口封じよ」

 ミシェルが見たことのない様子で、口端を吊り上げた。メイド長とカメリアを交互に見比べ、嘲りの笑いを見せる。


「お、遅いだなんて。私は、あの方の命令通り、信用されるまで、長く耐えていたのよ!?」

「でも、あの方に信用されていないのでしょう。私のことを、聞いていないなんて」

「し、知らなかったのよ、あんたが仲間だなんて。教えてもらってないのだから!」

「やっぱり、信頼されてないのね。公爵に毒をもったのはあなただったとして、自殺したことにしてあげるわ。私の無実もはらせるし、あの方もそれで良かったとほめてくださるでしょう。役立たずは、さっさと消せと命令されているから」

「そんな、こと。王妃様、どうして」


 メイド長は、がくりと項垂れた。メイド長の言葉を皮切りに、騎士たちがわらわらと部屋に入ってくる。

 ミシェルはカメリアに走り寄ると、倒れていたカメリアを抱き起こした。

「大丈夫よ。ただの嘔吐剤だから。吐き気があるだけらしいわ」


 なんのことか、カメリアは混乱して頭がよく回らない。メイド長は騎士たちに連れて行かれる。


 ミシェルが胸元に手をかざした。すると、胸元が温かくなったかと思うと、すっと吐き気がおさまった。ミシェルが腕を振ると、波が押し寄せて、部屋の中が水に沈んだかのように見えた。しかしそれは一瞬で、瞬きをした間に、吐いた異物も床の汚れも、なにもなくなっていた。


「な、なにが起きているの」

「文句は公爵に言ってね。犯人がどちらなのか、わからなかったみたい」

「犯人?」


 呆然としながら、ミシェルの話を聞いて、混乱する頭を整理するには、もう少し時間が必要だった。

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