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10 公爵家

 身の回りの世話と言って何をするのかと思えば、本当に身の回りの世話だった。

 まず、朝、寝起きに顔を洗うためのお湯を出しに行く。


「おはようございます」

「ああ」


 ヴァレリアンが顔を洗うのを眺めて、タオルを渡す。寝ぼけてはいないが、寝起きで少しだけぼんやりした顔。焦点が虚ろで、かなり無防備だ。


 顔がいいのは得である。寝起きなのに、色気があるだけで整ったまま。なんなら美しささえある。クリストフに比べればかっこいいと言った方がいいだろうか。クリストフは、綺麗か美人という言葉が似合っていた。

 寝起きくらい、もっとボサボサの頭だとか、枕の跡が顔にあるとか、目やにがついているとか、だらしなくしてほしい。しかし、髪の毛を軽くかきあげただけで整い、目も何度か瞬きすれば、普段の顔に戻ってしまう。


(さすがにいとこよね。見目が良いこと)

 顔がいいからと言って、全てが良いわけではない。顔のいい男はこりごりだ。


 お茶を出して、机の上に置き、そそくさと退散する。

 服などの手伝いは執事がやるらしく、お茶などを片付けている間に、ヴァレリアンは食事に行っていた。次に、食事の間にベッドメイキングだ。こちらはまだ朝食も食べていないのに、戻ってくる前に整える。


 そうして、急いで掃除をし、それから自分の朝食だ。

 特に何もなく、普通に仕事を行う。数度のお茶出しをするため、何度もこの男と顔を合わすのはなんとも言えないが、面倒ごとはない。


『警戒はしといた方がいんじゃない?』

(まあ、そうなるわよね)


 トビアの声に頷いて、念の為の警戒はしておく。

 何を考えて、ラシェルを公爵付きのメイドにしたのか、よくわからない。本当に、魔法が使えるからと採用したのか?







「ほら、そっちのシーツ、ちゃんと持ってよ」

「本棟の仕事でも、洗濯をすることになるとは思いませんでした」

「向こうの子たちはこっちに入れないんだから、本棟にいる人間が全部行うのは、当然でしょ」


 同部屋のメイド、カメリアは、当たり前のことを言うなと、タライにシーツを突っ込んで井戸水を汲む。

 井戸の周りに集まって、二人で足踏みして洗濯する。向こうの棟に比べて、こちらの方が人が少ないので、仕事量が多い。

 洗濯も部屋の掃除も、公爵の世話も同じメイドが行うなど、公爵家でありながら、人が少なすぎだ。


「こちらでは事件が多いと聞きましたが、そんなに多いんですか?」

「なによ、急に。変なこと聞かないでよ」

 カメリアは若干眉を顰めた。周りを見回して、誰もいないことを確認してから、顔を寄せる。


「食事に何か入ってたとかは、よくあったみたいね。暗殺者が入り込んだとかもあったらしいわ」

「らしいわ?」

「私は本棟にいなかったの。人手がなくなって、こっちに回されてきたのよ。あなたと同じ」


 移動はたまにあることらしく、人員が足りなくなると、本棟に送られる。

 スパイが見つかり、人が減るのかと疑いたくなる話だ。ラシェルが移動になったのは、カメリアの同部屋の子がいなくなったからだった。


「その子は、なにかしたんでしょうか?」

「知らないわ。メイド長から。急に辞めることになったって聞いただけ。会わないでいなくなっちゃったからね」

「怖くないですか、それ」

「まあね。でも、こっちは給料いいし、公爵はかっこいいし」

「かっこいい……」

「なによ。かっこいいでしょう?」

「ええ、まあ。そうですね」


 ヴァレリアンの姿を遠目で眺めているメイドたちは、いつか本棟で働けないかと夢見ている。ヴァレリアンは顔が良く、公爵という身分を持っているし、そして、なんといっても、婚約者がいない、独り身だ。

 公爵家で働く者たちは、不穏な噂を恐れながらも、ヴァレリアンの側で働きたいと、本棟で働くことを望んでいるそうだ。


(代わってあげたいわあ)


「あなただって、急に名指しされたんでしょう? 気を付けなさいよお。前に、いたのよ。公爵様の側で働きたいって言って、本棟に行きたがってた子。やっと本棟に移動になって喜んでいたら、結局、どこかのスパイだったらしくて、殺されたらしいわ」


 笑い事ではない話だ。公爵のファンだと言って近寄ってきたら、スパイだったというのか。

 王妃の他に、誰かに恨まれていることなどあるのか。ヴァレリアンは王妃だと思っているようだが。


「今は、公爵に興味なさそうな子が、こっちに呼ばれるのよ。だって、ほら、顔がいいから、これだけ人数少ないんだもの、変なもの入れてもおかしくないでしょう?」

「変なものとは?」

「やあだあ。言わせないでよ!」

 カメリアが、ばしんとラシェルの背中を叩く。


 ヴァレリアンの側で働く女は、必ずヴァレリアンに興味のない者が選ばれることになっている。

 そういえば、クリストフも同じようなことを言っていた。妙なものを混ぜられることがあるため、信用したメイドしか近寄らせない。それはもちろん王子なのだから当然だが、それとは別に、気を付けなければならないのだと。

 王子だと知る前に聞いていたが、夜這いなどもあったそうだ。


 顔がいいと大変ね。などと同情していたが、その後の女性たちがどうなったかは、王妃のみぞしる。である。


「長年働いた人が移動になりやすいんだけれど、人も少なくなっているから、年月関係なくなったのかもしれないわ」

「私は一ヶ月ですが」

「長期勤務している人は、ほとんど本棟に行ってるのよ。選択肢がないんじゃない? 新人が公爵様のお世話をしているんだから、皆から羨ましがられてるわよ」

「代わっていただけるなら、ぜひ」

「ええ、遠慮しておくわあ。何かあって、殺されたら嫌だもの」


 それをラシェルに言うのはどうかと思う。

 カメリアはケラケラ笑いながら冗談だと人の背中を叩いたが、心の底では本気でそんなことを思っているのかもしれない。


(暗殺ねえ。そんなに多いのかしら)

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