表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/50

8 街

 久し振りの街歩きに、ラシェルは上機嫌だった。


「ここが噂の、美味しい焼き物屋さん」

 甘い香りが鼻腔をくすぐる。バターや蜂蜜の香りが堪らない。街遊びは慣れているため、外をうろつくのは楽しみの一つだ。

 やっと休みをもらえたのだし、ここは買い物を楽しみたい。


 貴族の好む高級街は避け、広場の方へ向かう。

 公爵領は王弟に渡された領地であって、かなり栄えていた。王弟が早くに死んだため、噂ではあまり賑やかさはないと聞いていたのだが、噂に過ぎなかったようだ。


 現公爵になってから、王宮とは一歩離れた付き合いをしているため、王宮に届く公爵領の話が古いのかもしれない。いや、王が病で表には出てこなくなったためだろう。最近の公爵領の噂は、良いものとは言えない。


 田舎のままだとか、北部の山村と変わりがないとか、発展がまったくない、古臭い時代のままだとか、とにかくど田舎と称された。

 引きこもりの公爵は、ほとんど公爵領から出てこない。両親が生きていた頃は違ったが、今は影すら見えない。

 王宮で建国記念のパーティがあっても、出席はしなかったそうだ。ラシェルはその頃王宮にはいなかったので、クリストフから聞いたわけだが。


 そのため、公爵像はまったくわからない。クリストフの一つか二つ年上だったはずなので、年齢で言えば若いのだが、婚約話の一つもなかった。後継者はおらず、妹は外国に嫁いでいるため、たった一人で公爵領を担っている。

 公爵領に隣接した国へ逃げるのに、田舎だから通り抜けがしやすかろうと公爵領を選んだが、それは認識違いだったようだ。


 王妃が絡んでいれば、納得の噂というところだろう。

 王が死ねば、公爵領に何をするだろうか。今でさえおかしな噂が流れているのだから、公爵家の人間が王妃を警戒するのは当然だ。


「それにしても、これおいしいわあ」

 甘い焼き菓子が心を緩やかにしてくれる。広場のベンチに座って、もしゃもしゃ食べながら人の流れを眺めた。

 都の街の賑やかさが懐かしく感じる。こちらは思ったより人が多いが、都独特の雑踏はない。穏やかな雰囲気で歩いている人が多いので、平和なのだろう。間違っても小道にごろつきが座り込んでいたりしない。


「いい街なのね」

 王妃に睨まれている割に、整備はしっかりしている。隣国との貿易があるため、王妃から弾かれても、問題ないのだろう。これは王妃が凄んでいる姿が目に浮かぶようだ。


 のんびりと時間を過ごしていると、目端にうつった赤色のマントに、ラシェルはぎくりとした。咄嗟にそれを背にして、少し離れる。

 外でビールを飲んでいる男たちもそれらに気付き、なにがあるのか怪訝な顔で見遣った。

 派手な色のマントを羽織っているのだから、集団でいれば嫌でも目に入る。道を通る者たちも、怪訝な顔でマントの男たちを横目にした。


「最近見る、あの騎士たちはなんなんだ? 宿に泊まっているらしいが。食堂も貸し切りみたいになっていてよ」

「死体を探してるんだろ。ほら、橋で馬車が川に落ちたって」

「あの日の嵐じゃ、海まで流れてるだろ。川に残ってるとは思えないし、海を探すのは無理があるだろう」

「王子の婚約者候補だったらしいぜ。悪事を働いたとかなんとか。護送の途中だったらしい」

「それなのに探してるのか? 更迭された子爵令嬢なんてよ」


 公爵領でも噂になっているのは知っていたが、街の者たちまで知っている。王妃の命令で、ここまでその噂が流れてきたのだろうか。王妃は随分と努力しているようだ。


 赤色のマントを羽織った騎士たちは、男たちの声に気付き、ちらりとそちらに視線を送る。

 あの視線に留まるわけにはいかない。ラシェルはフードを被り、脇道にそれる。赤色のマントの騎士の中に、知っている顔が見えたからだ。


 クリストフの側近、アーロン。王妃の手は早々に引き上げたと思っていたが、アーロンが来たとなると、あの騎士の集まりの中に、王妃の手が混ざっていることだろう。うっかり子爵令嬢のなにかが見つかって、面倒にならないように、監視しているに違いない。


 一瞬目が合ったかもしれない。アーロンが人を追うかのように走り出して、周囲を見回した。

 こんなところで見つかるなんて、お断りだ。


 ラシェルは人混みに紛れて、小走りになる。気付かれたか、アーロンがこちらに向かってきた。

 勘が良すぎだろう。普段はぼうっとしているくせに。


 クリストフと同じで、少々抜けたところのある男だが、さすがに王子の騎士として選ばれるだけあるか。

 小走りで逃げようとすると、途端、腕を引かれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ