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6 秘密話

 公爵家の仕事は忙しい。広い城なのに人が少ないのと、何度も邪魔が入るからだ。


 今は離れに荷物を運べと、腕の筋肉がはち切れんばかりの大荷物を移動させられている。

 これが本当の仕事なのか、嫌がらせなのか、はなはだ疑問だ。運び終えた後やり直せと言われたら、全て水で流してしまうかもしれない。トビアも喜んでやると、ラシェルの意識の中で飛び上がった。


 公爵邸はもともとメイドが少ない。前公爵夫妻が亡くなり公爵家が不安定になった際、裏切り者が多く出たからだとサイラスに聞いた。幼かった若き公爵を御しようとする者たちが多かったようだ。

 その際に王宮と確執ができ、他の貴族たちに遠回しにされた。王は現在の公爵を大切にしていたようだが、病で伏したまま。公爵家への影響は少なくなっている。


 ラシェルは王に会ったことはない。名前だけの婚約者候補だったので、挨拶をする機会もなかった。そもそも王は、クリストフに婚約者候補がいることを知っているのだろうか。


(王の体調が良ければ、すぐに紹介すると言われたけれど、会うことなかったものね)

 クリストフの言い方から、意識がないわけではなさそうだったが。


 それにしても、公爵家は人が少ない割に、土地は広大だ。近道がほしい。

 ラシェルは勘で進みだす。道がなければ建物の中を突っ切ってしまおうなどと算段する。窓から出入りしても、誰にも見られなければ問題ない。


 建物の窓が開いているのを見付けて、そこをまたごうと荷物を持って近付くと、窓から声が漏れ聞こえた。


「……では、悪女だという噂が。金目当ての、平民のような子爵令嬢だったと」

「婚約者候補相手に、随分と噂が回るのが早いな。やはり、王妃に消されたのだろう。王子が望んで入れた女だというのに、反対されれば、殺されて当然。運が悪かったな」

「馬車ごと川へ落ちたのは間違いないと思いますが、王子は諦めきれないのでしょうね」


 貧乏子爵令嬢が、吊り橋で馬車ごと流された。この話はメイドたちだけでなく、騎士や衛兵たちまでもがしていたが、王妃の仕業だと言った人は初めてだ。


 声は上の階の窓から聞こえて、誰が話しているのかはわからない。

 アーロンが来たため、状況を把握しているようだ。騎士団か何かの部屋なのだろうか。

 上を見上げても見えるわけがない。音を立てないように通り過ぎようとする。


「吊り橋まで落ちるほどの流水とはな。不都合なことも呑み込んでくれたことだろう」

「馬車の一部が、海まで流されていました。未だ遺体は出ていませんが」

「遺体も海まで流されたかもしれんな。王妃も枕を高くして眠れるだろう。知らぬは間抜けな王子だけか」


 それは同意だ。誰に言うでもなく頷いて、そっと進む。

 アーロンをよこしただけましだろうか。クリストフの信頼する側近だ。王妃が調査を率先して探すふりをすると思っていたが、わざわざアーロンがやってきたのだから。


 まったく慰めにはならないのは、橋から落ちて、一ヶ月ほど経ってからよこしたということだ。

 王妃から見つからなかったと聞いてから、アーロンを出したのかもしれない。

 初動の遅さはさすがというべきか。


「子爵令嬢が殺された証拠がほしいな。王妃が人を殺すのはお手のものだ。証拠はいくつあってもいい。公爵夫妻を殺した罪は償ってもらう」

 憎しみを込めた、低音の声が響き、ラシェルは身構えた。

 一体、なんの話をしているのか。


 しかも、この声には聞き覚えがある。

(この声、あの時の男の声?)


 聞いてはいけないことを聞いたかもしれない。

 前公爵である王弟とその妻が、事故で死んだという話は有名だ。ラシェルも聞いたことがある。

 山道で馬車の車輪が脱輪し、崖に落ちたとかなんとか。何年も前の話なので、そこまで詳しくは知らない。


(その犯人が王妃?)

 それは聞き捨てならない。王妃が関わるような場所に、身を潜めるのは危険がある


 王と王弟は仲が良かったと聞いたことがある。王族同士の争いもなく、弟は王を補佐していた。二人と仲の良い令嬢に、兄弟で恋心を抱いたらしいが、王弟と結婚した。その後も兄弟仲違いすることはなく、二人を祝福し、生まれた子供を大切にしていたという。


 ラシェルはクリストフからその話を聞いた。

 ラシェルが両親とは仲が良くないという話をした際、クリストフも両親の話をしてくれた。まだ王子だと知らない頃、クリストフは自分の父親が、弟の恋人を好きだったと言っていた。


 父親は別の人が好きだった。母親と結婚したけれど、その二人は死んでしまった。それもあって、父親は二人の子供の幸せを願っている。

 クリストフは悲しそうにその話をした。


 普段はのんびりとした雰囲気で、笑顔の多い人だが、その時の表情はかげり、ひどく悲しみを感じた。この人は、父親に愛されたいのだ。そう思えるような表情だったのだ。

 父親と仲が悪いのかと問えば、クリストフは首を振った。ただ、時折、自分は父親の子供ではないのかと思うほどだった。と口にした。


 悪い父ではないのだけれど、そう言葉を濁していたけれど。

 それが、前公爵夫妻とその子供の話だとは思わなかったが。


 王妃の恋敵といっても、相手は王弟の妻。それを王弟と共に殺したとなると、王妃の恨みは相当激しかったのではないか。

 自分が決めた息子の結婚相手以外は殺すという精神を持つ女だ。自分の思い通りにいかなければ、全て力で解決するのかもしれない。


 なぜあの母親から、クリストフのような無害な男が生まれるのか、不思議でならない。温室育ちで、世間知らずなせいで、母親の醜悪さは似なかったのかもしれない。

 そのかわり、無神経に育ってしまったが。


「ここにはあまり長居しない方が良さそうなのは、確かね」

 これ以上巻き込まれたくない。できるならば、普通に生きたいものだ。

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