ねぇ……。
ねぇ。
今、お話してるのは、誰?
遠い過去、未来、黄泉の国
いつか誰かと出会った時刻
夜の時間は仮初めの時を刻む
あなたの姿を網膜の裏側に刻んだのは
夢の中にいた 何処かの街
まるで、御伽の国
そこにいたのは あなたの声
耳の奥に留められた記憶
人の姿を留める前から
知ってる
それは、恐ろしい深い海よりまだ向こう
手のひらの上から見下ろす雲の上
元気でいてね……
何度目かを迎えて なぜか安心していた
これは現世での最期の夜
怖くない──
どこか、地平線を彷徨うように
私たちの足もとを濡らす静寂
私を知る誰かが泣いている
忘れられようはずもないのに
地上から離れるたびに忘れる
夜空へと昇るたびに忘れる
遠い列車の汽笛が聞こえる
なぜだろう 私にはそう想えて
旅立ちは光の向こう
たくさんの人が見える
どこか懐かしいのに 違う星に降り立ったよう
私は ここで 暮らすのだろう
どんな生活が待っているかより
誰も私には話し掛けない
まるで鏡の中の世界にいるよう
一人。
孤独ですらあるはずなのに
何もかもが華やいで美しくみえる車窓
ここに来る前に
地面に重たく沈みゆく人
その姿をした影を見た
もう一度 まるで もとの場所に戻るように
私にも いつか 帰るように
その時が来るんだろうか
失ったものを取り戻すよう
列車は走る
風が窓から飛び込む
こんなにも美しいはずなのに
誰も彼もが 私には無関心だ
どこまで この旅路に耐えられるだろう
私は誰かと もう一度
不安だけど 会わなければならないのだと
すれ違った老人が つぶやく
吊革が揺れた 誰もが俯いて
車窓から見える空は 恐ろしく 青い
そこには ただただ 行けない気がした
本当に、何もかもを無くしてしまいそうで
自分? って、誰
忘れないように 必死で 目を閉じて 目を閉じて
けれども醒めない夢 華やいでみえた 美しい田園風景 目の前の
止まらない列車は
何処へ行くのだろう
私は自分に手紙を書く けれども何も書けなくて
誰か 誰かと 声が掻き消える
列車の止まる 無人駅
私以外誰もいなくて
手荷物も何も無くて
夏空に吸い込まれるような積乱雲が浮かぶ
あの頃と同じように
想い出す
ねぇ……。
あなたは、誰か いつかの夏の日
私に話し掛けた
誰か
忘れていた面影
空の彼方へと運ばれる風
手を伸ばしても届くはずなんてないのに
声なんて聞こえるはずないのに
それでも会いたくて 込み上げて来るのに
私には その気持ちだけ
夏空のような青さに
泣きそうになった
どうしていいか 分からなかった