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「とりあえず二人はここまでだ。後は騎士隊で調査する。…オルランディ子爵の無罪まで立証できるかはわからないが…」
エリージョの指示で二人は子爵邸を離れた。既に辺りは真っ暗になっていた。宿を取り、食事を済ませた後、アルノーはディアンに手持ちの金の半分を渡した。
「残りは四日だ。俺はこれからガリーニ公爵領に行き、その後王都に向かう。おまえはここで明日一日、エリージョからありったけの情報をつかんで王都に来い。ここから王都は二日はかかる。馬もおまえも充分休んで、確実に来るんだ」
公爵領での調査。一緒に行きたい気持ちもあったが、残る日数は限られている。別々に捜査したほうが証拠も多く得られるだろう。アルノーの指示に従わない理由はなかった。
令状が届けば、ラコーニ子爵邸だけでなく、ロッティ商会にも捜査の手が回るだろう。
「わかった」
「三日後、ここで落ち合おう」
アルノーは王都の店の名前と住所が書かれたメモをディアンに渡した。不安げな様子を見せるディアンに、
「親父さんの無実を晴らすために頑張ってたんだな。…えらいぞ」
そう言って、ディアンの頭をあえて激しく撫でた。髪がぐしゃぐしゃになっても怒りは沸かず、知らない間にアルノーを頼りにしていた自分に気が付き、ディアンは泣きそうになるのをぐっとこらえ、
「子ども扱いするな」
と強がった。励ますように背中に回された腕が、パンッと勢いよくディアンの背中を叩いた。思わずよろけたディアンを胸で支え、耳元で
「ちゃんと寝るんだぞ。…王都で会おう」
そう言うと、アルノーは宿を離れ、一足先に旅立った。
久々の一人の部屋に、ディアンは言い知れない不安を感じながらも、自分こそ弱気になってはいけない、と両頬を挟むように叩いた。ラコーニ子爵に殴られた左の頬が痛んだ。
王都からの早馬が令状を届けたのは、翌日の昼前だった。
アルノーがエリージョに話をつけていてくれたようで、ディアンは子爵邸やロッティ商会の捜査に同席することを許され、その日の夕方までに上がったいくつかの証拠をまとめ、エリージョと共に王都に向かうことになった。
残念ながら、集まった証拠はラコーニ子爵の有罪の決め手にはなってもオルランディ子爵の無罪を示せるものはなかった。ガリーニ公爵の関与についても決め手はなく、このままでは隣接する領の子爵の共犯による武器横領事件として片づけられる可能性が高い。
騎士隊の協力が得られたおかげで途中馬を換えることができ、アルノーからもらったお金で宿を取ることもできた。一人なら寝る間も惜しんで馬を走らせ、馬を駄目にしていたかもしれない。つい焦りがちな自分を反省し、今は確実に王都に向かうことにした。
休憩時間にエリージョからアルノーの話を聞いた。
騎士隊にいた頃、捜査の不正を見つけた。ある貴族が事件をもみ消そうとしているのを知り、当時の隊長と大喧嘩になったが、結局その事件はなかったことにされてしまった。その後も二度、貴族の権力で捜査を中断させられ、嫌気がさして騎士隊から出ていったのだそうだ。
「俺みたいに適度にご機嫌を伺いながら落としどころを見つけて、折り合いをつけるってのが、あいつにはできなかったんだよな。まだ若かったし、相手が大物過ぎた。しかし、どんなに離れても結局は巻き込まれる。…因縁だよなぁ」
「因縁?」
ピンと来ていないディアンに
「もしかして、あいつの家名、聞いてない?」
「アルノーの?」
「アルノー・ガリーニ。あいつはガリーニ公爵の三男だ」
アルノー・ガリーニ。その名はディアンにとっても因縁だったが、今の自分には関係ない。むしろ、自分は父を救うために動いているのに、アルノーにはその逆をさせていることになる。そのことが気がかりだった。
「アルノーは、…父親を裏切るつもりなんだろうか」
「あいつが騎士隊をやめた時も、とある事件の真相を父親に握り潰されたんだ。『大人になれ』と言われて、逆にあいつは大人になるのをやめてしまった。父親の手の届かないところに逃げたんだ」
父のために奔走する自分を見て、アルノーはどう思っただろう。ディアンは最後に見た、アルノーの決意を秘めた目を思い出していた。
「…面倒なことにまきこんでしまった。父親を裏切れなんて、…言うつもりはなかったんだ」
「気にすることはないさ。君がいようといまいと、あいつにとって父親は乗り越えなければいけない厄介な存在なんだ」