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小隊長のエリージョ・グレシーニはアルノーの知り合いだった。普通なら事情聴取に子供のようなディアンを同行することはないだろうが、
「俺の見習いなんだ。現場を見せてやってよ」
というアルノーの申し出を
「おまえの頼みじゃしょうがないなぁ」
と受けてくれた。
「おまえが見習いを連れてるとは。ようやく吹っ切れたのか?」
「いやー、まあ、いつまでもグダグダしている訳にもいかないからな」
本当は今でもグダグダしているアルノーの弁明に、エリージョは
「こう見えて、こいつ昔は騎士隊でも結構活躍してたんだ」
と弟子設定のディアンに昔話を教えてくれた。
「いいところの出で、剣の腕も立つし、俺たちよりずっと出世すると思ってたんだがなぁ」
「…よせよ。昔のことだ」
二人はさほど年も違わないのだろう。片や制服に身を包み、こざっぱりとした騎士隊の小隊長。片や無精ひげを蓄え、服も着たきりで、子供の手下をさせられている。しかしアルノーはかつての同僚をうらやむ様子はなく、騎士隊に未練はないようだった。
子爵家に着き、エリージョが騎士隊の名で面会を求めると門が開かれた。
中には来客のものと思われる馬車が止まっていた。その馬車を見て、アルノーが顔をしかめたのをディアンは見逃さなかった。
「お待たせして申し訳ございません。どうぞこちらへ」
ラコーニ子爵邸の中は落ち着かない様子で、玄関先でしばらく待たされた後、応接室に通された。
子爵は顔色が悪く、それでも弱みを見せまいとしているのか、三人をはじめから睨みつけていた。座るよう促され、エリージョだけが席に着き、アルノーとディアンはその背後に護衛のように立っていた。
「急な訪問とは、よほどの用件なのだろうな」
「ご多忙なところ、お時間を取り申し訳ありません。王城の騎士隊第二小隊長のグレシーニと申します。隣の領で武器の横領と密輸未遂の事件があったのはご存知で?」
「ああ、知っているとも。オルランディ子爵が逮捕され、解決したと聞いているが」
「それなんですがね。まだ見つかってない武器がありまして、捜査を継続しているところなんですが…」
子爵は咳ばらいをすると、非難の矛先を変えた。
「この二人は何だ。騎士隊員とは違うだろう。こんな薄汚い子供まで連れ込んでくるとは」
「目撃者ですよ」
そう言って笑みを見せたエリージョは、変わらぬ口調で目だけを鋭く光らせた。
「明け方にずいぶん重そうな物を運ぶ荷馬車がありましてね。途中、窪みに足を取られて動けなくなっていたところ、この二人が手助けしようとしたら逃げたんです。怪しいので捕まえて、荷を改めたところ、石を運搬していました」
何のことを話しているかわかったのだろう。子爵は動揺を隠せず、口元をひくつかせた。
「こちらの屋敷から運び出したと運搬していた男が言いましたので、確認に来たんです。珍しい石でもないのに、わざわざ箱に入れて運んでいる。ちょっと石をよければ、その下には何と、武器が隠されてましてね」
「な、…ならず者がうちの名を語ろうと、我が家ではあずかり知らんところだ。…不愉快だ。捜査したければ、令状でも何でも取ってから出直せ」
強気の発言をしていたが、ラコーニ子爵は青ざめ、口元が少し震えているように見えた。
「…ご心配なく。現在手配中ですので、正式に発付されましたらご協力よろしくお願いします。まだ横流しされた武器の数が足りないんで、どこかから出てくるんじゃないかと期待しているところです」
笑顔を向けるエリージョに対し、ラコーニ子爵は次第に震えを大きくし、ふらりとよろけて机に手をついて体を支えた。
窓の外で馬車の音がした。
「…逃げたか」
アルノーがつぶやいた。
「後ろ盾は、ガリーニ公爵か」
アルノーのつぶやきに、ラコーニ子爵はハッと顔を上げた後、無言で頷いた。
「…うちの他にも、何人か関与している。オルランディ子爵もその一人だろう」
「嘘だっ!」
この屋敷に来てからずっと無言だったディアンが叫んだ。
「父は関与していない。おまえたちは自分の罪を父に擦り付けただけだ」
「おまえは…オルランディの息子か。それで終わったはずのこの事件を掘り起こし…」
ラコーニはディアンの胸ぐらをつかむと、頬を殴った。すぐにアルノーがラコーニを取り押さえ、ディアンは口元の血をぬぐいながらゆっくりと起き上がった。
「終わらせるもんか。終わらせてなんてやらない。冤罪で人を貶めて生き残るような奴に、父を殺させはしない」
「はっ、無駄だ。私も、おまえの父もしっぽを切られて終わるだけだ。所詮、しっぽなのだ、私は…」
ラコーニ子爵に、オルランディ子爵の有罪を確定させ、早急に捜査を終了させるほどの力があるようには見えなかった。アルノーの言うとおり公爵家が黒幕で、下位貴族たちを動かしていたとして…それに、オルランディ子爵が絡んでいないと、本当に言えるのか。
ディアンはふと不安に思った。今まで父を疑ったことなど一度もないのに。
父親の全てを知っているわけではない。しかし自分の中の父を思い出せば、そんな不安など抱くだけバカげていた。
「オルランディも助からん。…共犯として私も捕まり、それで終わりだ」
「公爵家の関与を示すものはないのか」
「あの男がそんなものを残すようなことをするものか。武器の売り上げはロッティ商会を通して羊毛の売買として取引されている。指示を伝えるのはあの男の家令だ。領の協定を装い、指示は口頭。証拠など残しはしない…」
「今来ていたのもそうか」
アルノーが尋ねると、ラコーニは頷いた。
「ここに残る武器は好きに処分しろと。ここから先は公爵家は関与しないと言われたよ…。『犯人』は捕まったから大丈夫だと、…そう言っていたくせに」
諦めたのか、子爵は令状が届く前の任意の捜査を拒まなかった。
夕方には騎士隊から二名の騎士が加わり、屋敷内の倉庫と使われていない部屋から箱に入った武器が見つかった。