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「どういうことか、そろそろ説明してくれてもいいんじゃないか?」
馬を繋いでいた柵まで戻る途中、アルノーはディアンに話しかけた。
「あの小屋はなんかやばいものを隠していたのか? もしやここは、…オルランディ領か」
「ああ、そうだ」
ディアンの返事は小さかった。
片田舎の小さな領で事件が起きたのはつい六日ほど前だ。
密告を受けて王城の騎士隊が捜査すると、農作業小屋から大量の武器が見つかった。辺境領に納められるはずだった武器が横流しされたもので、他国に売りに出される寸前だった。その小屋は三カ月前から高額で貸し出されており、その借り手は「子爵」だと貸し手が証言した。
小屋の中には武器と共に他国と品目や価格を交渉した書類が残されており、現地にいたオルランディ子爵はその場で拘束された。早々に有罪が確定し、近々処刑される。武器の横領だけでも重罪だが、さらに他国への密輸となると死刑は免れないだろう。
わざわざ武器を証拠書類付きで置いておくとは、よほど犯人は間抜けだったらしい。
しかし、いくら証拠が揃っていたにせよ、これだけの事件が数日で片付くのは異例だ。しかも処刑の日取りまで決まっているとは。
少し考えればおかしいと気付くこの事件の真相を、ディアンは探ろうとしているのだ。
小屋の貸し手はそろってディアンに小屋の借用書を渡した。手元にあるということは、王城の騎士隊は書類を証拠として求めなかったということだ。
小屋の借主がわかったところで事態を覆せるほどの証拠にはならない。しかし、次の手掛かりを探る情報はあった。
「小屋の借り手、ロッティ商会はラコーニ領主の親戚だ。隣のラコーニ領に行く」
「飯を食ってないだろう。まずは腹ごしらえからだ」
気ぜわしく馬にまたがろうとするディアンの腕を引き、アルノーは町の中に向かった。抵抗してはみたが、ディアンは易々と引っ張られ、歩みを止めることもできなかった。
小さな食堂を見つけ、何も頼まないディアンの目の前に無理やり皿を置き、支払いはアルノーが済ませた。口元に巻いていた布が取られると、やはり年若く、痩せて薄汚れてはいたが整った顔をしていた。礼を言って出されたものにゆっくりと手を付けたが、ディアンの食はあまり進まなかった。
「関係者なのか」
誰の、とは言わなかったが、ディアンはオルランディ子爵のことを聞かれていると察し、
「…恩がある。無実を証明したい」
と答えた。
「…ラコーニ領と水利のトラブルがあり、話し合いのためオルランディ子爵は事件の日にこの町に来たんだ。組合長同士の話し合いでうまく話がまとまらず、お互いの領主立会いの下で話し合おうと、日程と場所を決めたのはラコーニ子爵だ。普段はそう訪れるような場所じゃない」
話し終えると、ディアンはスープをゆっくりと飲み干した。残ったおかずは食堂のおかみが包んで持たせてくれ、ディアンは小さく礼をして受け取った。
アルノーはかつては国中の貴族のことも把握していたが、城勤めをやめてもうずいぶんと経つ。
オルランディ領、ラコーニ領共田舎の小さな領で、特に目立った産業があるわけでもなく、酪農や農産業を中心にしたごく一般的な領だったと記憶していた。
小屋を調べた時、ディアンは轍の跡を追っていた。雨でぬかるんだ地面がつけた轍はそのまま固まり、冷やかしで現場に来た者が踏みつぶしていてもまだ跡を目で追うには充分だった。
王都へと続く道、その反対、隣領ラコーニへと続く道。どちらにも深い轍が残る。
辺境領へ運ぶ途中の武器をここに運び込む道と、王都へ没収した品を運び去る道は同じだ。
ラコーニ領へと続く道をディアンはじっと見つめていた。小屋を見た時から、この先進む方向はわかっていたのだろう。
田舎の領同士をつなぐ道はあまり整備されておらず、たまに見かける荷馬車は緩やかに走行し、時間そのものがゆるやかに流れているように見えた。そんな馬車をせわしなく追い抜き、旅を急ぐ。時折馬を休ませながらも移動を続け、日が暮れてもまだ進もうとするのを馬の疲労を理由にして休ませた。ディアンは野宿するつもりだったようだが、アルノーが強引に宿を取った。
「体力勝負だ。しっかり寝ておけ」
張り詰めた目をし、不満を顔に出していたが、ちょっと目を離すとソファの上で気絶するように眠っていた。近づくとすぐに目覚めそうなほど警戒心を解かない様子に、そのままそこで寝かせておくことにした。
あの男からもらった金は、報酬というよりもこの七日間の旅の実費で使い果たしてしまいそうだ。ディアンは見守っていないと潰れてしまいそうな危うさがあった。面倒を見てやらなければいけない気になるほど、手下というよりは身内、兄のような感覚を抱かせた。