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誰かが賭けをしているのを、アルノーは酒を片手に隣で見ていた。
「今日はついてるんだ。一杯どうだ?」
気前よくおごられたのはいい酒で、久々の上等な味につい飲みすぎた。
真面目に働けば貯めるのに半年はかかる金も、するのはたった二時間もあれば充分だった。
気が付けば、賭けをしていた男はいなくなっていて、何故か自分が賭けていたことになっていた。しかも、賭けた金額は元金を大きく上回っていた。
返す当てがないと知ると、胴元は遠慮なくアルノーを椅子から叩き落とし、用心棒二人がその腕を押さえつけた。飲んだくれていい具合に酒が回っていたが、二、三発殴られたところで少しも応えていないように右腕を押さえつける男を足払いし、反対の手を押さえる男にぶつけた。ふらつきながらも目に満ちる殺気に用心棒の一人が剣を抜き、その先を向けた途端、背後から
「それくらいにしておけ」
と近寄ってきた男がいた。
アルノーが気を取られたすきに、男と共に現れた大柄の男が素早くかつ乱暴にアルノーの首に腕を回して締め付けた。それを見て胴元は安心したように息をつき、剣を向ける用心棒に手で合図し、剣を収めさせた。
現れた男は
「ここの金は私が用立てよう」
と言うと、台の上に袋に入った金貨を投げ置いた。
「代わりに、この男はもらっていくが、いいか?」
胴元は袋を開けて中の金貨を改めると、
「どうぞどうぞ、ご自由に」
と機嫌よくアルノーを引き渡した。
店の外に連れ出されたアルノーは、外観は質素ながら、中は皮張りの豪華な馬車に乗せられた。すぐ隣にさっきまで首を絞めていた大男が腕を組んで座っている。明らかにアルノーを牽制している
アルノーは向かい合って座るこの男を知っていた。かつてこの男の護衛をしたことがあった。まだ真面目に働いていた時代。家の名に誇りを持ち、正しいと信じることを疑わなかった頃。今となっては会うこともままならぬ遠い存在で、よもやこんな所で馬車に同席するとは思ってもいなかった。
「ずいぶんと荒れたもんだな」
「…あれだけの金を恵んでくれるわけじゃないでしょう。傭兵にでも出すつもりで?」
「まあ、似たようなもんだ」
男はさっきカジノの胴元に渡した袋に比べると四分の一ほどしかない袋をアルノーの目の前でちらつかせた。
「…手を出せ」
アルノーがそれをつかもうと手を伸ばすと、隣の大男に腕をつかまれ、肩を抑え込まれた。男はアルノーの右手首に腕輪をつけると、その掌についさっき見せた袋を載せた。
手を離され、すぐに腕輪を外そうとしたが、腕にきっちりとはまってゆとりがなく、そのくせ締め付けるような感じはしなかった。
「それは七日間は取れない。おまえが従わなければ一生外せなくなるがな。たった七日間、指示に従うだけだ。そう悪い話ではないと思うが?」
相変わらず裏のありそうな話を平然と穏やかに話す。この男はいつもこうやって人を使うのだ。
「どのみち引き受けるしかないんでしょ? 何をさせようって言うんです。もったいぶらずに言ってくださいよ」
「おまえにはこれから七日間、ある人のサポートをしてもらいたい。…護衛というより、部下、手下とでもいうべきか」
「手下?」
「相手は若いが、侮らず、上官と思って動け。明日から七日間、相手の指示に従い、動いてくれ。命令には必ず従うこと。従わなければ、その腕輪から電撃が流れる仕組みだ」
電撃が流れる腕輪。それは拷問の道具ではないだろうか。アルノーが顔をしかめたのを見て、男は意地の悪い笑みを浮かべた。
「たった七日で何をさせようと? 魔物退治か、密命で他国に戦争でも吹っ掛けに?」
「まあ、詳しくはおまえを必要としている奴に聞くといい。目的が達成しようと、しなかろうと、延長はない。八日目にはおまえは自由だ」
男が大男に合図すると、椅子の背もたれの裏から一振りの剣を取り出した。差し出されるまま、その剣を受け取った。
「まだ剣は振れるか?」
「さあ。ずいぶんと触ってませんから」
「家には帰ってないのか」
「半年は戻ってないですね。兄には一月前に会いましたが」
「…婚約者をあてがわれたと聞いたが?」
「家に戻るのを渋っていたら、相手を見ないうちに破談になってました」
「それなら、まあおまえが死んだところで悲しむ奴はいないってことだな」
死ぬという言葉を聞き、アルノーは眉をひそめ、溜め息をついた。
「死ぬような仕事かよ…」
「まだ命は惜しいか」
うんざりした顔のアルノーを見て、男は笑っていた。