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 オルランディ子爵の処刑が行われる日の早朝、第二王子フランチェスコが王弟ルカの離宮を訪れた。王の近衛兵を数名引き連れ、その手には勅書を携えていた。王弟の側近であっても止めることができない相手だ。

 フランチェスコが王弟の離宮を訪れるのは何年ぶりだろう。昔から何となくそりが合わず、互いに牽制し、普段からあえて会うことのないように避けていた。ほんの十日程前、通りすがりに妙な依頼を受けた時には、こんな風に離宮を訪れることになるとは思ってもいなかった。

「ずいぶん騒がしいな。何事だ」

「叔父上、王がお呼びです」

 王弟は、すがすがしい気分で朝食を終えたばかりだった。せっかく長年の恨みを持つ男がいなくなる日だというのに。王弟は不愉快を隠そうともしなかったが、フランチェスコが連れているのが側近ではなく王の近衛兵だと気付き、無礼を叱るのをやめた。

「ガリーニ公爵が自供しました。引退するにあたり、周囲を片付けておきたいそうですよ。自分を含めてね」

「…自供? 引退すると? …あの男が?」

 王弟にもガリーニ公爵の裏切りは想定外だったらしい。大きく取り乱すことはなかったが、落ち着かない様子で指を動かしていた。

「あのガリーニ公があなたの元でこき使われていたとはね。上には上がいるものだ。オルランディ子爵の処刑は少々急ぎ過ぎましたね。いくら何でもあまりに段取りが良すぎて、騎士隊の新人でさえ裏で何か細工されていると感づいていましたよ」

 近衛兵の一人が王弟の魔力を抑え込んだ。隠し持っていた魔道具は全て封印され、抗うことは許されなかった。

「…そんなに憎かったですか? フィオレッラ殿が選んだあの男が」

「選んでなどいない! あんな子爵ごとき…。何もない田舎の、金もなく、魔力もなく、さして優秀でもないあんな男など」

「そういうあなただって、側妃に迎えようとして断られたんでしょ? 金も権力も捨ててまで手に入れるほどの勇気も情熱もなかったくせに、今更彼女を愛していた自分に酔って。…見苦しいなあ。ふられて当然だよ」

 魔力を封じる腕輪を両手に付けられ、王弟はその両脇を支えられるように連行された。


 王弟を先導しながら、フランチェスコはほんの十日ほど前のことを思い出していた。

 普段は会っても碌に挨拶もしないこの叔父が、たまたま通りすがりに、

「おまえのところに適当な従者はいないか? この腕輪を渡し、待ち合わせ場所まで出向いてもらいたい」

と頼んできた。断る理由もなかったので、何となく引き受けた。

 丁度何とかしたいと思っていた男がいたのだ。

 友人の弟にして元従者の長年くすぶっている男。酒を飲ませ見せかけの借金を肩代わりし恩を売った。怪しい仕掛けだらけの魔道具の腕輪はもらっておき、お仕置きの電撃が出るだけの腕輪にすりかえた。

 あの男が少しはやる気を取り戻せばめっけものくらいにしか思っていなかったのに、まさか王族までもが絡んだ事件を暴くことになろうとは。

 相性の合わない者でも時には頼みを聞き、貸しを作っておくのも悪くない。そう思うと同時に、もう一人の、貸しを作ったのか、借りを作ってしまったのかわからない男のことが気にかかっていた。

 おそらくあの男は気づいていないだろう。自分が救おうとしている者の正体を。

「もうちょっと、楽しませてくれそうだな」

 フランチェスコは出てきたばかりの離宮を振り返り、機嫌よく笑った。



 その日執行される予定だったオルランディ子爵の処刑は中止となり、三日後、子爵は無実を認められ、釈放された。

 武器横領事件の主犯は公式にはラコーニ子爵となり、領外に運び出そうとした武器のほか、領の屋敷、ロッティ商会の所有する倉庫内でも武器が見つかり、押収された。

 事件の顛末には王弟ルカもガリーニ公爵の名前も表にはあがらなかったが、王弟は魔力を封じられたまま遠く北の離宮に送られ、事実上幽閉生活を送り、ガリーニ公爵は家督を息子に譲り、王都から離れた修道院で修道士として残りの人生を過ごすことになった。


 オルランディ子爵は、逮捕されていた間、残りの武器のありかを白状させるためにきつい取り調べを受け、怪我を負い、心労も重なって体調を崩していた。迎えに来た家族に付き添われて領に戻ると、静養を兼ねてしばらく領で過ごすことにした。

 子爵は若い妻と幼い息子と共に穏やかな時間を過ごし、通り魔のような事件のことなど早く忘れてしまうことにした。

 ふと、何か大切なことを忘れているような、そんな気がするのにそれが何なのかどうしても思い出せなかった。

「思い出せないことなんて、大したことではないのですわ」

 妻の言葉に、かすんでいく記憶への未練は徐々に消えて行った。


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