9話「隣国の皇太子との再会」
【ソフィーナ視点】
秋祭りの翌日、第一王子との婚約を解消し、学園に退学届けを出した。
その翌日には屋敷を出て、隣国に旅立った。
馬車に揺られること数日、わたくしは両親と共にエアハルト帝国に到着した。
皇帝陛下には母が出発前に手紙を出しているので、すんなり宮殿に入れた。
現皇帝陛下は母の実の兄、宮殿は母にとっては実家に帰ってきたようなものだ。
そのうえ、陛下は母を溺愛しているのでお城の人はみんなわたくしたちに優しい。
宮殿を訪れたわたくしたちは、応接室に案内された。
「ソフィーナ、会いたかったよ!」
応接室に通されて数分後、応接室に現れたフリードは琥珀色のジュストコールを纏っていた。
フリード・エアハルト。エアハルト帝国の皇太子。
金色のサラサラした髪に青い色の瞳の長身の美青年だ。
「皇太子殿下、お久しぶりです……きゃぁ」
わたくしがカーテシーをしようとしたら、フリード殿下に抱きしめられ、くるくると回された。
「ソフィーナだ! 本物のソフィーナだ!」
「ちょっ……殿下!
お止めください!
もう子供の頃とは違うのですよ!」
「ごめん、ごめん。
ソフィーナと再会できたのが嬉しくて、ついはしゃいでしまったよ」
フリード様が私を床に下ろしてくれた。
お父様とお母様がそんな私達をほほ笑みを湛えて見守っている。
「叔父様と叔母様もお久しぶりです!」
「お久しぶりです。フリード殿下。
本日はご機嫌も麗しく……」
「やめて下さい!
叔父様、昔のように『フリード』と呼び捨てにしてください。
敬語もいりません」
「しかし、そういうわけには……」
「そうしないと、ソフィーナも俺を名前で呼んでくれない」
フリード様がチラリとわたくしを見た。
「そういうことでしたら、昔のようにフリード様と呼ばせてもらうよ。
もちろん公式の場を除いてだが」
お父様は殿下の言わんとしていることを理解したらしい。
「そうしてください。
叔父様がああ言ってくれたんだ。
ソフィーナも俺のことを名前で呼んでくれるよね?」
お父様が「そうしなさい」と言いたげな顔で頷いている。
外堀を埋められた気分ですわ。
「だめ、かな?」
フリード様がわたくしの手を取り、悲しげな表情で首を傾げた。
そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでください。
「わかりました。
ではわたくしも『フリード様』と呼ばせていただきます」
「嬉しいよ! ソフィーナ!」
フリード様がわたくしを抱きしめて、またくるくるとその場で回りだした。
「フリード様、嬉しいのは分かりますが、目が回ってしまいます!」
「ごめん、もうちょっとだけこうさせて」
そんなわたくしたちを、両親は目を細めて眺めていた。
☆☆☆☆☆
そのあと謁見の間で皇帝陛下に挨拶を済ませ、わたくしたちは城の客間でお世話になることになった。
陛下に「若いものだけで庭の散策を……」といわれ、フリード様に手を取られ、わたくしは宮殿の広い庭を散歩している。
「ソフィーナ、東に行くと薔薇園が、西に行くと果実の実る庭園が、南に行くとガゼボがあるんだけどどこに行きたい?
全部回ってもいいよ。
疲れたら俺が君をお姫様抱っこして上げるからね」
フリード様の距離感は幼い頃のままだ。
わたくしの右手は今もフリード様に握られている。
ライアン様にはずっと冷遇されてきたので、男性に免疫がないので照れてしまう。
「フリード様、わたくしたちはもう子供ではないのですよ。
いくらいとこ同士とはいえ、年頃の娘の手を軽率に握るべきではありませんわ。
周囲にあらぬ誤解を与えてしまいます」
「周囲が俺とソフィーナの仲を誤解してくれるなら、俺はソフィーナの手をずっと握っているけど」
フリード様がわたくしの手の甲に口づけを落とす。
「ひゃっ……フリード様! お戯れを……!」
「戯れじゃないよ。
俺はずっと前からソフィーナの事が好きだったんだ」
フリード様が真剣な目でわたくしを見つめる。
フリード様の整った顔が、わたくしのすぐ近くにあって、わたくしは動揺を隠せない。
「幼い頃、毎年叔母様は君を連れてこの国を訪れてくれた」
「ええ、覚えています」
秋になると母はわたくしを連れて実家に里帰りしていた。
父は仕事が忙しくて、毎年一緒という訳ではなかったけど。
「次に会った時、君にプロポーズしようと決めていた。
でもその前に君は隣国の第一王子と婚約してしまった……俺はあのとき程後悔したことはない!」
「フリード様……?」
「君のことが忘れられなくてずっと婚約者を作らなかった!
君が結婚してしまったら一生を独身で通し、養子を貰う覚悟もしていた!」
「フリード様、そんな……!
一国の皇太子がそんなことをおっしゃってはいけませんわ!」
「君の代わりになる人なんかいないよ。
君は僕の女神だからね」
フリード様に真っ直ぐに見つめられ、わたくしの顔に熱が集まる。
「フリード様はご存知ないのです。
母国でわたくしは『地味姫』とか『枯葉令嬢』と呼ばれていたのですよ!」
「地味? 枯葉……?
どういう意味?」
「わたくしの髪の色と瞳の色が地味な茶色だからです」
「俺は茶色が好きだよ。
幼い頃君と過ごした秋の色だ」
フリード様がそう言って、わたくしの髪を撫でる。
「わたくしと婚約すると一生、茶色の服と宝石しか身に着けられなくなりますわよ……!」
王族や貴族は婚約者の髪と瞳の色の服と宝石を身に着け、仲良しなのをアピールしなくてはいけない。
わたくしの髪と瞳の色は地味な茶色。
婚約者は一生この冴えない色の服を纏わなくてはいけないのだ。
「愛する人の髪と瞳の色の衣服を身につけられる。
それって最高じゃない?」
「よ、よろしいのですか?
一生が茶系の服しか身につけられなくても」
「それが何色であっても、愛する人の髪と瞳の色なら俺は喜んで身につけるよ!」
どうしよう、フリード様の目が本気だわ。
「君が俺を拒む理由はそれだけ?」
「まだあります。
わたくし、ライアン殿下との婚約を破棄したばかりです。
だからすぐ次の方と婚約という訳には……」
「君はライアン殿下のことが好きだったの?」
「…………つい先日まではお慕いしていたと思います」
「思います……ってどういう意味?」
「ライアン殿下への想いは恋心だと思っていました。
でももしかしたら、パートナーとして対等に扱ってほしい、幼馴染とし大切にされたい、わたくしの苦労もわかってほしい……そのような想いだったのかもしれません」
幼馴染に約束を破られたり、他の方を優先されたり、誕生日やプレゼントを忘れられたり、幼馴染にそういうことをされたのが悲しかっただけかもしれない。
わたくしは、第一王子に人として大切に扱って貰いたかっただけなのかもしれない。
蔑ろにされる度に感じる胸の痛みを、失恋の痛みと思い込んでいたのかもしれない。
「君とライアン殿下は七年も婚約していたんだ。
彼にそれなりの情が残っていたとしても不思議じゃないよ。
君が俺の気持ちを受け入れてくれるまで、待つよ。
いや、待っているだけじゃなく君が俺を好きになるように努力もする!
そして毎日、君に『愛してる』と囁くよ!」
フリード様のサファイアブルーの瞳が、わたくしを映している。
彼の瞳は陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「わたくしは婚約を解消した傷物令嬢です。
それでもよろしいのですか?」
「君に傷なんか一つもついてないよ。
もし仮に君に傷がついていたら、俺がその傷を癒やすよ」
「フリード様……!」
こんなにも真っ直ぐな愛情を異性に向けられたのは初めてかもしれない。
「少し、お時間をいただけますか」
「七年も待ったんだ。
いくらでも待つよ」
そう遠くない未来。わたくしはフリード様の熱烈のアプローチを受け、彼の求婚を受け入れることになる。
書籍化に伴い、フリードの瞳の色を変更しました。
変更前→エメラルドグリーン
変更後→サファイアブルー